第十三章 フェンリスヴォルフ


『……我ノ望ミハ、血肉……ソレヲ用意デキルナラバ、オ前達ト契約シ、オ前ヲ人ノ精神デイラレルヨウ二シテヤル』
 図星をつかれた大狼がそう提案してきて、レイルはロックの頭の回転に舌を巻く思いだった。
 契約をしてしまえば、その召喚獣は契約者の命令を聞くようになる。それはすなわち召喚獣の無力化であり、本部への言い訳だけでなく、対本部に対する切り札を手に入れることともなる。
 渡りに船だ。本部相手に敵対するつもりはないが、少なくとも手は出されないように牽制しておきたい。それならば、今やるべきことは、契約に対する確認だ。
「人殺しなんて朝飯前だ。いくらでも晩餐会を開いてやるさ。それより、契約ってことは、お前にも妖刀の悪意が流れるんじゃねえの? この数の死体でこんなナリになっちまうなら、お前の方が精神、やべえんじゃねえの?」
 レイルの確認に大狼は、窪んだ眼を細めたようだった。どうやら、見た目よりも知性というか、話が通じそうな雰囲気だ。大量の生贄を要求する精神性は、召喚獣の常なので何もおかしなことではない。
 フェンリルは元来、美しい毛並みを持つ大狼そのものの見た目をしているという。そんな獣が今目の前でヘドロを垂れ流しているのは、クリスの刀に宿る悪意を生贄から吸収してしまったからに他ならない。心は見た目に出ると人間でも言うのだから、魔力や精神といったものを色濃く反映する召喚獣にとって、悪意は人以上に危険なものになるだろう。
 おまけにフェンリルは、クリスの精神が人の精神でいられるようにしてやると言った。
 それは、クリスの元来の願いである『人間になる』ということは叶わないということだ。あくまで『人の精神』となれるようにする。それだけのこと。
 おそらくフェンリルは、召喚のたびにクリスの刀から悪意を吸い上げてくれるつもりなのだろう。そうすればクリスの精神が悪意で塗り潰される可能性は低くなる。伝え聞く鬼の伝承は、これからは聞かなくなるかもしれない。
『友ノ為二闇ヘト落チルソノ姿、ソノ先ヲ……我モ見ヨウ』
「……物好きなわんちゃんだこと」
 人(召喚獣だけど)のことは言えないなとレイルは思いながら、三人に視線で「良いよな?」と問うた。
「友の為、とか……なんか照れるな」
 にこっと笑ってそう言いながら鼻を手で擦っているルークに、「神まで落とすとかやべー男」と笑うロック、そして……
「俺のために……どうして……」
「こういう時はありがとうって素直に言っとけ」
 せっかくの笑顔が困惑の表情で引っ込んでしまったクリスに、ひやかしのような口調でロックが割り込む。
 そこでレイルは我慢できなくて笑ってしまった。それをきっかけに男二人もつられるように笑い出し、クリスですらもその顔に柔らかな笑みが戻っていた。
 四人の意見が一致したことを悟り、大狼は窪んだ瞳に契約者達を映した。
『我ノ召喚二耐エウル魔力ガ、ソナタラ四人ヲ足シテ、ヨウヤク足リル。四人ノ魔力ヲ繋グ誓ヲタテル。魔力ニヨル全テヲ――』
 悪意を、絶望を、孤独を、恐怖を、全て。
 フェンリルが大口を開けて四人の頭上を覆う。ドプドプとヘドロを垂れ流し、今まで体験したことのない異質な魔力の流れを身体に、心に感じて――
「――仲間のためなら、全て背負える」
 暴発のような魔力の波に、その声は掻き消える。
 吹き飛ばされないように踏ん張るレイルだったが、自分とは異なる魔力が“混ざる”、人生で二度も経験することになるとは思わなかった感覚に、心ではなく左腕が拒絶した。
 フェンリルが、クリスが、ロックが、ルークが、彼らの魔力が繋がる感覚が起こり、それに左腕が悲鳴をあげた。
 理由はすぐにわかった。レイルの左腕には既に、違う人間の魔力が渦巻いているのだから。だから魔力の拒否反応が起きた。
 これはマズイ。左腕が内側から引き裂かれるような激痛に、レイルは悲鳴すらもあげずにただ――右手に持った剣を突き立てた。
 魔力の元である左腕の『意識』を、今この時だけは背けたかった。そうしなければならないと、レイルは何故だかわかっていた。
 剣先によって傷ついた左腕から、血の代わりに魔力が流れる。それはレイルの魔力ではない。生まれつき魔力の低かったレイルには、これだけの魔力は流せない。
 拒絶を叫ぶその魔力に更に剣をねじ込むと、たまらず左手に持っていた剣が、衝撃を逃がすかの如く根本から折れた。軍で支給された安物だったから、という簡単な話ではない。
 感覚すらもなくなった左腕からは、拒絶もなくなった。
 気がつけば、頭上を覆う大口も、魔力の流れもなくなっていて。
 あるのはもう、お互いに繋がったと確かに感覚できる、どこか暖かい絆の気配だけだった。
14/15ページ
スキ