第十三章 フェンリスヴォルフ


 それは、大きな魔力の感覚だった。ただ、まだ“発動はしていない”。そうとわかる、紛れもない前触れだった。
 光が走っただとか耳鳴りがしただとか、変な匂いがしたとかではない。ただ、身体が、精神が感じるのだ。遥か遠くの――広場において、大きな魔力が行使されていることが。
『仲間だろうが! とっとと行くぞ!』
 ロックのその言葉は、ルークを素直に走らせた。完全にその言葉に従ったわけではない。そう言った彼の言葉を気に入ったからルークは今、こうして走っている。
 仲間という言葉の響きがこんなにも心地よく、それでいて嘘も偽りもないと確信できたのは初めてで。そんな彼らが口にして信じる言葉ならば、自分だって信じなければいけないと素直に思える。そのことがルークはただ、幸せだった。その気持ちを未だ噛みしめて走っているものだから、隣に並ぶレイルは終始ニヤニヤしているし、前を走っているロックも表情こそ見えないが同じようなものだろうと、これまた何故か、そう手に取るようにわかるのだった。
「仲間って良いな」
 こんな時、こんな状況だが、だからこそルークは言葉にして伝えた。仲間である二人に対して、嘘偽りなく、正直に。
 そんなルークの気持ちを正しく理解してくれているレイルは「なんか青春みたいじゃねー?」と冗談っぽく揶揄ってくる。
「俺ら、三人共同い年だし、同じ学校だったらこんな風に、毎日一緒にいたんじゃねえの?」
 走りながら少しだけ、お互いのことを話した。例えばお互いの年齢。こんな時、こんな状況だからこそ、お互いのことを少しは知って、支え合えるようにしたかったから。
 きっとこれから、命を懸けた戦いになるから。
 だからこそ、お互いのことをちゃんと理解して、背中を預ける仲間になるために。
「ばーか、てめえとは頭の造りがちげえんだよ」
 そう言ったレイルが小さく零す。「学校なんて軍に入るまで行ったことなかった」と。その零された本音をほんの少しだけ掬い上げ、仲間としての距離で受け止めてやる。
「これから、一緒にいればいい」
 恋人でも家族でも、友人でもない自分達は、最高の仲間として共にいる。これからはずっと。そうであって欲しい。だから、死なない。死なせない。
「親御さんは両方いねえんだろ? 最初から軍学校でよく追いつけたな。バカは何したって伸びねえってのに」
 振り返りながらロックが絡んできて、何故だか最終的にはルークの悪口になっていた。両親が死んで居ないのはレイルで、軍学校の座学はけっこう難しい。そしてルークはあまり勉強は得意ではなかったので、レイルの学力の方が現状ではルークを上回っていると遠まわしにそう言っているのだ。面と向かってそんなことを言うなんて、こいつは本当に憎めないやつだ。でも、親友ってこういうものを言うのかもしれない。しかも多分、この中でならロックが一番賢そうだし。
「ロックこそ、親御さん、殺したんだろ? 俺も、そこに一緒にいたらな……」
「はー? なんだよ? さすがにお前でも僕の親まで飾るなんて許さ――」
「――ロックだけに背負わせなかったのにな、って……ロック?」
 親を殺されたレイルとは逆に、目の前のロックは親を殺していた。親という存在にも良し悪しがあるということは流石にルークも理解しているので、そこは何も言わない。それぞれの家庭の事情というものがあるし、なによりロックが決めたことなのだから、文句なんてものはない。強いて言うならばロックを産んだ存在というものは見てみたかったが、自分の親でその状況を考えると、何故か結婚の挨拶みたいなイメージが湧いたので、そこで思考をストップした。
 思考はちゃんとストップして口には絶対に出していないはずなのに、ルークが心から伝えたい言葉を口にした途端、色男はなんだか赤い顔をして前を向いてしまった。
「……私だって一緒が良かったんだけどー?」
 ニヤニヤしたままレイルが追撃したところで、小さく、本当に小さく、前方から「救われた気分だ」と聞こえた。気がした。


 走りながら少しだけ、お互いのことを話した。だが、話さずとも伝わるものもあった。例えばお互いの抱える感情。
 一目惚れと言っても過言ではない、そんな運命的な出会いだったから。目と目が合ったその時には、お互いが共にいない世界なんて考えられなくなっていた。
 それがティーンエージャー故の青臭い勘違いであったかどうかなんて、その瞬間には問題ではなかったし、それから月日が経とうともその感情が薄れることはなかった。
 身も心も絡めとられるように落ちた罪の絆は、その瞬間から血と暴力で紅く染まっていくことになる。
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