第四章 砂漠の薔薇
可愛らしいデザインの屋台を前にして、ヤートは目眩がしそうだった。
女性とのデートなんて初めてなので、軍人としてどうかとは思うが訓練以上に緊張する。当のレイルは可愛らしい色とりどりのアクセサリーが並ぶ屋台で歓声を上げている。周りは女性や、いかにも暑苦しい若いカップルばかりでヤートはいたたまれない。
「ヤートさん、これどう思う?」
レイルが片手をパタパタ振りながらヤートを呼ぶ。あまり近付きたくないが、彼女を放っておくことも出来ないので覚悟を決めて近寄る。
レイルはシルバーのブレスレットを見ていた。少し厳ついデザインだが、彼女には良く似合う気がする。
「デザインが良い」
自然にそう口にすると、レイルもにっこり笑った。
「私もそう思う。ねぇ、この中だったらどれが一番私に似合う?」
屋台全部を指差しながら言うレイルに、ヤートは笑ってしまった。繊細な細工のアクセサリーが並ぶ店内で、そのブレスレットだけが違う空気を漂わせている。
「やっぱり、それだな」
「わかった」
ヤートの言葉に、レイルは店主に「これください」と言って、そのブレスレットを購入した。
「袋、いりますか? それとも、今つけていきます?」
若い店主が軽い調子で聞いてきた。レイルは一瞬悩んでから、「つけていきます」と答えた。そのまま渡されたブレスレットをヤートに手渡す。
「……え?」
「つけて?」
レイルはニコニコ笑いながら右手を出してくる。彼女の言いたいことがわかって、ヤートは緊張で手が汗ばむ。
店の真ん前で、沢山の人に見られながらヤートは、レイルの腕にブレスレットをつけてやった。眩しい太陽の光でキラキラと輝くそれは、やはり彼女に良く似合っていた。
「似合う?」
それ以上に輝く笑顔のレイル。
「……ああ、とっても」
ヤートが照れながらそう返すと、レイルはさりげなく手を繋ぎながら次の屋台を指差した。照れ臭いやら嬉しいやらで、ヤートは顔の笑みがしばらく引っ込まなかった。デートはまだまだ続きそうだ。
人通りのほとんどない、閑静な住宅街をロックは歩いていた。
豪華な宮殿のような住宅が建ち並ぶ中、何もない更地の前で足を止める。唯一残った壊れた門に、売り出し中の札が掛かっている。
「んなもん、売れる訳がねーだろ」
昔、一家惨殺の起こった物件。ロックの、学生時代を過ごした家だった場所。壊れ掛かった門を蹴り飛ばす。軍用ブーツによる蹴りで、門は小さな音を立てて倒れた。
門に刻まれたデザインが、ロックを更に刺激する。美しい女神の模様から視線を外すようにして、ロックは足早に高級住宅街を後にした。