第十二章 古の記録
「レイル……意識が戻ったのは嬉しいが、あいつの口から目的が聞き出せなかった」
「そんなもん私が言ってやるよ。どっちだろうが私の口には間違いねえだろうが」
立ち上がったレイルの身体に問題がないか確認しながらぼやいたクリスに、当の本人は鼻で笑ってそう返すものだから質が悪い。
どうせ意識が戻ったのもあのタイミングではなかったのだろうが、気の短い彼女は我慢が出来なかったのだろう。クリスもクリスで「それはそうだが……」なんて言っているので、そこまで言質を取ることを必須とはしていないのだろうが。
溜め息をついてクリスが黙ってしまったせいで話が進まず、相変わらず作戦を理解しているか怪しいルークがぼーっとしているのも問題だと、ロックは仕方なくとっ散らかりつつある話を纏めることにする。
「結局、あいつらの目的は『ルナールを召喚獣ディアスの力で動力である魔王の死体ごと掌握。その後ゼウスをイグムス使って“頭”に接続』。そして――」
「――膨大なる電力<エネルギー>を雷神ディアスに流して強化。それをそのまま本部か……南部なりにぶつけるつもりだろうな。どこに雷神を放っても、間違いなく戦争になる」
ロックの言葉をレイルが無感情に引き継いだ。ここに来るまではロックもてっきり標的は本部だとばかり思っていたが、あの口ぶりだと弟の敵討ちのために、南部全ての軍を壊滅させる可能性もある。
リティスト達が手に入れたこの都に封印されていた召喚獣は、雷を操る魔獣ディアスだ。巨大な狼のような見た目はフェンリルと似ているが、その色合いは力を象徴するかのような金の毛並みが神々しい。正にフォックスが描いた絵そのものだ。
神の名で呼ばれる獣であり、水神ビスマルク、魔獣フェンリルと並ぶ力を持つ。文字通り都ひとつ簡単に吹き飛ばす魔力に、獰猛なる神の意思を宿すために、人間には制御は出来ないものとして本部により封印されていたのだ。
一度この封印を解いてしまえば、電力は全てこの獣の動力源となってしまう。都としての機能を放棄したも同然になるので、その瞬間にこの都は人の住める場所ではなくなるはずだ。
本部が掴んだ情報では大規模な反乱がここでは数少ない非戦闘員である市民の間で勃発したとあったが、おそらくもう鎮められたか“沈められた”に違いない。後者であれば召喚の準備すら整っていると言えるので、一刻を争う事態となる。
リティストの動機は明確だ。弟を助けられなかった本部なり、直接手を下した南部の軍なりに報復したいのだろう。フォックスもそうだ。彼も両親が本部とのゴタゴタで殺されている。その危うい二人を治めるために、コメイが選ばれたのだが……どうやら順調にはいっていないようだ。
「今の状態で戦争はまずいな」
現在、本部が保有する召喚獣はフェンリルのみ。本来ならばディアスも本部のものだったのだが、“いろいろあって”結局ルナールに封印されたのだ。元から伝承とされていた地に戻された獣は、果たして復活を望んでいるのだろうか。
デザートローズを訪れるまでは正直、リティストの目的が本部に向いていないのであれば、そのまま傍観の可能性もあった。だが、南部に水神が現れたならば話は別だ。
神の名を冠する召喚獣同士のぶつかり合いなど、それこそ大陸全土が巻き込まれる。水面下での動きならまだしも、今はまだ大陸全土を戦場にするには“早すぎる”。
ようやく形となってきた“地方という呼び方”や仮初の平和を破るには、まだ時間も兵力も足りないというのが我らがリーダーの考えだ。もちろんそれにはロックも同意している。召喚獣一匹手に入れただけで覇者になれるほど、今の科学力は甘くない。
「ビスマルク、だな……問題は。城塞都市で魔導砲の開発が急がれるはずだぜ」
溜め息をついたレイルに、ロックもここにはいない、ゼウスの器とされた哀れな軍人のことを考える。
城塞都市にて極秘裏に開発されていた魔導砲は、大陸北部以外は射程圏内となりえるとされていた。今となっては真偽のほどは定かではないが、あれから砲身のみ残った都市を居住区ごと閉鎖した本部の動きを見るに、フェンリルの投入が過剰だったということはなさそうだった。
吹きすさぶ砂嵐によって南部の地に魔力による攻撃である魔導砲の影響は少ないだろうが、それでも攻撃の標的とされる可能性がゼロということはない。協力関係なんてものは、口約束に等しいものだ。
どこの地方も本部が置かれている中央部への敵対心が消えることはない。各地方の軍の連携がいつまでも取れないのも、特務部隊が少数精鋭の方針を取らざるを得ないのも、全て軍部が一枚岩でないことが原因だった。
水面下での動きがそのまま開戦と至るには、それこそ大いなる自信が必要だ。己の有する戦力が、中央を覆すに足りるという自信が。
それをわかっている本部は、常に各地方の戦力が拮抗するように裏では動いていた。しかし、それは召喚獣に崩される。
「今の南部軍は空軍がトップだ。名ばかりの王には戦争を行う兵士がいない。仮に王が愚かであったとしても、あの光将がそれに従うことはないだろう。召喚士の存在は驚異だが、神を一人で呼べるとすれば、そいつの精神性はおそらく神に近いものだ。勢力拡大なんてものに、水神が力を貸すとは思えん」
いつもの無表情でそう言った後で、クリスは小さく「『国』という形はなくなっても、『王』というものはなかなか廃れないな……」と零した。それにロックは彼の肩を叩いて励ましてやる。するとレイルが眉間に皺を寄せながら唸るように言った。
「だが、力を見せるだけでも充分だったぜ? これでもう、南部にはおいそれと攻め込めねえ。“砂の墓荒らし”は出来ねえし、水神に縋って東部が近付いてくる可能性もある。あの地方は歴史的に見ても、『水の力』にえらくご執心だからな」
「あー、ルツィアの弓作ってる『セイレーン』も東部だったな。なんだったっけ? 確か『清き蒼は力を招き入れる』、だったっけ?」
珍しくルークが食べ物以外の宣伝文句を覚えていて、ロックは感動した。それから彼も東部出身だったことを思い出して、なんだか損した気分になってしまった。
セイレーンのその宣伝は、東部だけでなく軍部全体でもそれなりに有名だった。美しいフォルムで女性人気もそこそこ高く、それなりに高級。そして何より、水冷関係の魔力の補助が期待出来る。戦闘能力に不安がある人間には、藁にも縋る想いというやつだろうか。
「水の魔力を増幅させる武器の大量生産技術は素晴らしいが、どうにもきな臭いと俺は思っているがな。魔力を生み出す『材料』が、どう探っても“何も”出てこないらしい」
「うっは、そりゃ……フェンリルの出番、かもな?」
思わずニヤついてしまったロックに、レイルとルークも同意の笑みを浮かべた。そんな三人を見、クリスは「とにかく、まずは狐狩りだ。明らかなる敵対行為はリティストとフォックスだが、おそらく雷による行動妨害がレイルとコメイの身には起こりえる。よってこの二名には常に複数人で警戒にあたり、決して単独行動を許すな」と指示を出した。
「了解」
少し不服そうながらもレイルはそう言った。そんな彼女に安心しながら、ロックとルークも続けて「了解」と声を揃えた。