第十章 異に接する都
扉を開けたその先には、近未来的な地下通路の印象そのままの空間が広がっていた。確かにリティストが言うように広くはない。だが、この人数が全員収まるくらいにはスペースの余裕はあった。
地下通路と同じ壁の造りで、時折緑色の幾何学模様が浮かび上がるのも同じ。しかし室内の照明は天上から白の光を放っており、磨き上げられた金属製の床は鏡のようにヤート達の姿を映していた。
「どうか楽にしてください。人数分の椅子がないので早急に手配しますね。お初にお目にかかります方もいるようですから、まずは自己紹介から致しましょうか?」
奥に一つだけあった机の前まで回ってから、リティストはそう言ってこちらを振り返った。背後には作戦立案用のホワイトボードが壁に掛けられていて、彼がそこに立つとまるで教師のように見える。
「お帰りー、リーダー」
「あら、予想以上にイイ男がいっぱいじゃない」
リティストの立つ奥の壁にあった扉から、二人の男女が顔を出す。若い黒髪の少年に……紫と青のグラデーションの髪を揺らした女性だ。
「本部の狂犬部隊だ。お前達は前にも何度か任務で会ってるんだったな? 一応、初めてお目にかかる方もいるから自己紹介を」
「了解」
リティストの言葉にいち早く黒髪の少年が返事をする。その短い応答の中に、ヤートは彼が南部の人間であることを直感的に感じ取っていた。南部特有のイントネーションで彼は言葉を発していたからだ。
「クリス達は久しぶりやね。そんで残りの方らは初めましてー。ボクの名前は『フォックス』。一番の年下やけど、仲良くして欲しいなー」
一番の年下と自分で言ったフォックスは、確かにヤートの目から見ても年下だとわかる。十二、三歳辺りか。若いというよりも幼いその顔立ちは、甘さよりも野生動物の鋭さに近い。特務部隊らしく整ってはいるのだが、やや目が寄ったその顔立ちは、名前のせいか狐に似ているように思える。
肩に当たるくらいに伸ばされた髪型は、きっとリティストを真似ているようでよく似ているが、似ているのは髪型だけで、髪質は全く違った。痛みが目立つリティストとは異なり、フォックスはまるでその名が示す獣の毛並みのようにサラサラとしている。
「偉そうなガキ……」
エイトが小さくそう零したが、それは皆が思ってることだろう。しかし、普段ならば一番に噛み付きそうな狂犬達が、静かだ。その反応の不自然さに、言葉を零したエイトもそれ以上には噛み付こうとしない。彼だって、わかっているのだ。この少年から放たれるプレッシャーに。
「あたしはコメイ。ここの部隊唯一のオンナノコよ」
「うるせえババア。オンナノコなんて年齢じゃねえだろ」
紫から青にグラデーションをかけた髪を弄びながら自己紹介を始めた女性に、レイルが突然冗談交じりに噛み付く。確かにレイルの指摘通り、この女性――コメイはヤートより年上だろう。リティストと同じく三十代半ば程度に見える。
この年代の女性には年齢の話題は避けるのが鉄則だが、レイルは気にせずそのことを笑った。しかしそんなやり取りはいつものことなのだろう。他のメンバーも笑いを噛み殺しているようで、慌てたのはヤート達新人だけだったようだ。
「あんたも後十年もしたらわかるようになるわよ、レイル! そのうち依頼の内容がガラッと変わるんだから。もうやーよ! あたしだって殺す前の男と寝たいのに! 上に文句言ったら『結婚して退職しろ。特例で認めてやる』なんて嗤われたのよ!?」
ここでもう我慢できないとばかりに、新人を除く特務部隊の全員が爆笑の渦に包まれた。言い出しっぺのレイルやロックが腹を抱えて笑うのは想像出来ていたが、クリスやリティストまで口元を手で隠しているのは意外だった。婚期を本人は気にしているようだが、周囲からの扱いはそういうキャラ、なのだろうか?
「姐さん、早く良い人見つけなって」
ルークがまだ収まらない笑いを隠そうともせずに言うものだから、コメイはぷくっと頬を膨らませて抗議する。
「今探してる最中よ! 誰か良い人いるならしょ……」
しかしその抗議の声は、不自然に止まった。彼女の視線は真っ直ぐこちらを向いていて――つまりヤートに向けられていた。
「……っ」
「ヤートさんには婚約者がいる。残念だが……」
コメイの口が開かれた瞬間、クリスの鋭い制止が掛かった。結局何も言えないまま止められてしまったコメイは、一言「こ、婚約者……」と小さく呟いて、がっくりと肩を落として黙ってしまった。
「コホン……まぁ、悪い人間ではないので……仲良くしてやってください。そして、僕がこの部隊のリーダーを務めております、リティストです。よろしくお願いします」
生気が抜けたようになっているコメイに代わり、リティストが引き継ぎつつそう名乗る。
会釈したリティストの瞳がヤートを捉える。その彼の瞳を見て、ヤートはどこか違和感を覚えた。
その違和感は前に並んだ三人を順番に見て、すぐにわかった。
――三人共、同じ瞳の色?
リティストもフォックスもコメイも、三人が三人共同じく『狐色』の瞳をしていた。その瞳から名付けられたのか、それともその逆か……とにかく、歪で不気味な色合いを、その三対の瞳は一様に浮かべていた。
そして、その不気味さに言葉を失ったのは、ヤートだけではなかったようだ。
「っ……」
ルツィアが息を吞む気配を背後で感じた時には、彼女の身体は膝から崩れ落ちていた。