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第十章 異に接する都


 クリスの態度を見る限り、あの男は特務部隊の人間で間違いないのだろうとヤートは理解した。顔を伏せたままのクリスにヤートも倣うしかないので、窓の隙間からちらりとその姿を確認することしか出来ない。
 どこの地方でも特務部隊の制服はあの漆黒のようで、その男もまた揃いの漆黒を纏っていた。男性の制服の上下は漆黒で決まっているらしいので、個性は中に着ているシャツだけということになるが、彼はシンプルな白のシャツを着ており、その代わりに腕に高級そうな腕時計をしていた。
 痩身の、どちらかというとデスクワークが似合いそうな男で、やや顔色が悪くその影響は金色の髪にも出ているように見える。年齢は……ヤートよりも年上だろうか。
 特務部隊は任務の性質上、あまり年齢を重ねた人間はいない。獲物を釣る為の見た目<武器>には若さが必要不可欠であり、またその任務の危険度から殉職率も相当に高い為、長生き出来る環境ではないからだ。実際、若い人間をまるで部品を交換するように使い回しているという噂もある。
 そんな特務部隊にしては珍しく、その男は年齢を順調に重ねているようだった。三十代半ばといった風の整った顔立ちには、年相応の色気を感じさせる。顔色こそ悪いがそれがまた、この男の魅力を引き立たせているようにも見えた。まだまだ若いフェンリルには真似できない種類の長所と言えるだろう。
 穏やかそうな物腰で丁寧な喋り口は、どこか教員のような印象を受ける。それは穏やかな空気の中にもしっかりと意志を潜ませる彼の言葉故か。その声自体、声量があるわけでもないが、どこか人を惹き付けるものだった。雰囲気はクリスに少し似ているように思う。
 窓から見える景色は門を抜け、鉄塔が立ち並ぶ灰色の森を抜け、市街地に入ろうかというところで地下に入った。その為、結局移動中に人間の姿を確認することはなかった。
 地下への入り口は、いかにもな造りのスロープになっていて、幅広の造りをしているところを見るに普段から車両の出入りがあるようだ。階段がないので、そもそも人間の足での移動は考慮されていないのかもしれない。スロープの入り口はシャッターがあるわけでもなくその口を開けたままで、街の人間には秘密の通路、ということはなさそうだった。
 地下通路は思いのほか明るく、薄いオレンジ色の光を発するランタン――しかしその光源から魔力を感じることはなかった――が等間隔に、時折幾何学模様を緑色に浮かび上がらせる金属製の壁に取り付けられていた。初めてデザートローズから城塞都市に渡った時に感じた『根本の科学レベルが違う』という感想を、まさかもう一度抱くことになるとは思わなかった。
 三つの籠が全て地下に隠れたところで、車輪が止まった。そして特務部隊の男が籠の扉を開ける。ヤート達が乗る籠の扉が開かれたのを合図に、後方の二つの扉も中から開けられた。無線は既に回復しているが、やり取り等は念のためにしていない。それでも後方の二つの籠――いや、残りの三人は状況を的確に読み、もう演技は必要ないと判断したようだ。
「“長旅”、お疲れ様でした。クリス。それと……デザートローズとR2からのお客様。僕のことはリティストとお呼びください。冷徹なる機械と人の欲が交わう都、ルナールへようこそ」
 扉を開けた男――リティストが笑顔でそう言って、片手を差し出してくる。
「特務部隊に配属されたとは聞いていたが、まさかリーダーを務めているとは思わなかった。出迎えありがとう。元気そうで安心したよ」
 同僚との再会を喜びながらクリスがその手を握り返した。その心の内にはリティストへの疑念を抱えているはずだが、そんなこと等全く感じさせない。いつも通りの薄い笑みに、珍しく本物の喜びすら滲み出ている。これはきっと、本心なのだろう。死と隣り合わせの世界で、再会が実現する確率は低い。
「さすがに僕まで死ぬわけにはいかないからね。弟の分まで頑張らせてもらっているよ。さ、早く君達も降りて。今夜はささやかながら歓迎会でもしよう」
「あ、ああ。すまない。さあ、エイトくんも」
 クリスの手を取るリティストに目を奪われていたエイトの肩を叩いて、ヤートはクリスの後に続いて籠を降りた。装備は既に用意していたので手に持つだけだ。籠の中にはもう食べ終わった食料の残骸しか残っていない。
 全員が籠から降りたことを確認してから、リティストは壁のスライド式の扉に手をかざして言った。
「ここがルナールでの特務部隊の支部になります。あまり広くはないですが、歓迎致します」
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