第十章 異に接する都
籠を運ぶために門から姿を現したのは、鉄製の昔ながらの馬車のようなものだった。馬車と違うのはその動力が、どうやら馬ではない点だ。本来馬が繋がれている部分に、大きな車輪のようなものがついている。その巨大な車輪には砂嵐の下での使用の為か、一切の継ぎ目が見えない。
内臓の魔力を使い切るまで走ることが出来る車輪だろうか。それともこれの動力源も電力かもしれない。とにかく、砂嵐の下でその『精密機械』はしっかりと稼働して見せたのだ。
長いコンテナを運ぶための台車部分に籠三つを乗せて、その車輪は門を越えてルナールの中へとクリス達を運び込む。
門を越えた瞬間からあの鬱陶しい砂嵐が掻き消えた為、同じ籠の中、三人は会話をすることを諦める。台車の背は低く、歩いて隣に並ぶ兵士から籠の中が丸見えだった為だ。あくまでクリスとヤートは捕虜であって、エイトの手土産という立ち位置だ。親しそうに話すわけにはいかない。
ゴロゴロと車輪が転がる音だけを感じながら、仕方がないので頭は伏せたままで視界に入る景色だけでも記憶することにする。この門はそのまま兵士の詰め所のような造りになっているようで、人の気配こそ感じないが所々に武器や荷物が置いてある。機械兵士ばかりという噂がある街だが、少なくとも人間の兵士も存在はしているようで安心だ。さすがのクリスも、機械相手に交渉は出来る自信がない。
そんなことを考えていると、不意に車輪の動きが止まった。場所的には、ここはまだ門の施設内だ。門の造りに奥行がある為、鉄塔が立ち並ぶ外の景色を見るにはまだ少し距離がある。
――来たか……
「お勤めご苦労様です。申し訳ございませんがその荷物、ここから先は我々が引き受けますので」
穏やかな、それでいて強い意志を感じさせる声が響いた。その声に懐かしい“彼”の気配を無意識に探してしまって、クリスはまだ籠の中だというのに溜め息をついてしまう。
その声は男にしては少し高く、そして艶があった。その声の主は、彼とは違う。それをわかっていても、その声すら彼に似ていて……
「っ……特務部隊……」
「門の警護は我々陸戦隊の管轄だ。特務部隊がしゃしゃり出る場所じゃない」
「その籠の中には南部からの脱走者がいるのでしょう? 情報を吐かせるのは我々の方が適任です」
敵意を剥き出しにする兵士二人に対して、特務部隊と呼ばれた男――ルナールに潜入している特務部隊のリーダーを務める『リティスト』は、静かな笑みを湛えて返した。
リティストの言っていることももっともなので、このままだと話は平行線だ。この都も他と同じく、特務部隊と陸戦隊の関係はあまり良好とは言い難い。ちなみに陸戦隊とは名称が違うだけで、南部の陸軍と内容は変わらないはずだ。
漆黒を纏い一人で立っているリティストに対して、しかし陸戦隊の兵士二人はやや気圧され気味だった。だが、それは無理もない。戦場に立った数も、人を殺した数も雲泥の差だ。そんな人間相手に恐怖心を覚えない方が、人間としても、生物としてもどうかしている。
『南門を警護中の陸戦隊に通達。捕虜を直ちに特務部隊へ引き渡してください』
睨み合う形になってしまった三人の頭上から、ダメ押しの連絡が降ってきた。機械で造られた合成音声は、女の声だというのに何の暖かみも感じられない。ただ、そう上からの指示があったというだけの、そんな血の通わない命令だけを伝える。
「り、了解しました」
「……どうぞ」
命令に素直に従う兵士達。顔では憮然とした表情を見せながらも、その声には幾許かの安心が透けているようだった。
その二人にリティストは優雅に微笑んでからお礼を言い、前方の車輪の方に向かって歩いていく。クリスの視界から彼の姿が消えて数秒後には、また車輪が動き出した。
どうやら、なんとか特務部隊と無事に合流することが出来たようで、クリスは小さく息を吐いた。