第十章 異に接する都
目が覚めるとそこには、普段と変わらない無表情のクリスと、その隣でデミの培養槽を握るエイトの姿があった。視界が横倒しになっていて、知らない間に寝てしまっていたことに気が付く。ヤートが横になってしまったせいで、クリスはエイトの隣に移動したのだろう。
迷惑をかけてしまったと慌てて身体を起こして、そこで――寝てしまう前の、いや、気を失う前のことを思い出した。
「っ! エイト! 身体は大丈夫なのか!?」
「おー、お目覚めかよ。オレのことより自分の身体を心配しろよ。オレよりよっぽど長い時間寝てたんだぜ? お前の婚約者、本当に大丈夫なのかよ?」
そう言ってくくっと喉の奥で笑われてしまった。その反応から恐れていたような事態にはなっていないことを悟りほっとする反面、ではいったいクリスは何のために自分達に薬を盛ったのか疑問が膨らむばかりだ。
窓の外は相変わらずの砂嵐ながら、明るい気配がすることから日は昇っているようだ。夜中のうちは完全に眠りこけていたことになる。
「二人共、すまなかった。フェンリルのリーダーとして、少々……試すようなことをしたことは謝る。どうか、これからも俺達に身を預けてくれないか?」
そう言って座ったままながら頭を下げるクリスに、ヤートはもう何も言えなかった。本当に殺意があったのならば、今まで自分もエイトも生き残ってはいないだろうし、窮地の状況を演じてこその『試す』だとも思える。元よりヤートの場合は、敵軍であるエイトにゼウスの機能を見せたくなかったのが大きいだろうが。
「オレはもう、デザートローズを抜けちまってる。今更帰っても居場所はねえんだ。デミがいればオレにはそれで、問題ねえ。狂犬達と一緒だろうが、デミが生き返るならそれで、何も問題ねえよ」
「俺もだ。この身もゼウスも、君達に預けたつもりだ。頼りにしているよ、クリス」
狂犬の頭が上げられて、そこに浮かんでいた笑みに思わずヤートだけでなくエイトも釘付けになる。仲間に向けられるその笑みは、レイルの言葉を借りるなら『反則』というやつだろうか。満面というわけではない、なんともクリスらしい控えめな笑み。
「俺は良い仲間に恵まれたよ。ありがとう。ルナールには明日の朝に到着予定だが、さすがに俺も少しは眠りたい。見張りの交代のタイミングはあいつらもわかっているだろうから、二人はこのままゆっくりしてもらっていて構わない」
「おいおい、無線も通じねえのに、とっくに打ち合わせ済みってことかよ?」
「数日掛けての行軍もあいつらとは何度もやっているからな。“普段通り”だよ、何もかもな」
「そういうもんかよ。すげえな」
感心しているエイトの隣でクリスはふっと笑い、そのまま静かに目を閉じた。寝息が聞こえるようなことはなかったが、確かにその身から流れる冷気のようなものは収まったように感じる。
「やっぱりよ……リーダーってのはすげえんだな。仲間からの信頼も、プレッシャーもよ……」
「そうだな。人を纏めるというのは大変だ」
フェンリル程は人間的に問題はなかったが、それでも十人十色の部隊を纏めていた防衛隊隊長だった頃を思い出し、ヤートは密かに目を細めた。