第十章 異に接する都
砂走への餌やりは、基本的には一日二回と定められている。出来るだけ決まった時間に同じ量を与えるのが決まりで、その理由は『暴走させない』為だとクリスは言っていた。
「じゃ、開けるぞ」
ルークは砂走の餌のパックを開ける前に、一言ルツィアに許可を取った。このパックに入った木片のようなものの匂いを前日に前もって体験していたので、それの最終確認である。
「そんなに臭いんですか? 開けたらすぐ“血流”に流してしまいましょう」
真面目な優等生であるルツィアは、普段から『ふざける』ということをあまりしない人間なのだろう。いつものメンバーならこんな場面では、敢えて封を開けてみたり、誰か寝ている仲間の口に突っ込むぐらいは平然とやってのけるが、どうか他の籠ではそんなことになっていないことを祈る。
「ああ。やべえ臭いだったから、さっさと終わらせよう」
ルークはそう言って息を止めて、パックの封を開けて、そのまま一気に砂走の血流に繋がる機械についた蓋を開けて放り込んだ。それを五袋分繰り返す。ジャバっと血流の勢いに流されて、木片のような餌は一瞬でルークの手元から消え去った。体積が大きい分、人間の血管よりも勢いがあるように感じた。
「これでまた十二時間は走り続けることが出来るんですね」
「そうみたいだな。お腹を減らし過ぎると理性が効かなくなるのは、どんな動物も一緒か」
「生物はもちろんですが、機械だってそうです。行動を起こすには、エネルギーが必要ですから。そう言えば、今向かっているルナールの伝説、知ってますか?」
ルツィアの明るい声に違和感を覚えて、ルークは彼女に目を向ける。案の定、こちらを探るような目を慌てて笑顔の下に隠したので、ルークも敢えて笑顔を返してやる。
「あれだろ? 昔流行ってた絵本の国、そう言いたいんだろ? 確か……銀髪の魔王、だったか」
「ええ……そうです。やっぱり……ルーク先輩は知ってたんですね?」
ルークが答えた絵本とは、昔話を元にした東部の都市でしか販売されていない絵本のことだ。同じ内容の絵本は大陸中に広まっているが、魔王の容姿を細かく描いているのは東部だけだった。
貧富の差の激しさはどこの地方でも変わらない。明日生きることを考えて生きる貧困層に絵本の購入などは難しい。
「貴方は……それなりの富裕層の出ではないですか? フェンリルの誰よりも、ルーク先輩からは上流階級の匂いがします」
「……あんまり人の過去には首突っ込まない方が良いぞ? お前だって探られたくないから、レイルと距離を取ってんだろ?」
これは言い過ぎだったかな、と口に出してから後悔したが、そこは持前のポジティブ思考で切り替える。だって、ほら。目の前で可愛らしい後輩は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「“そんなこと”ぐらいであいつも俺も引いたりしねえよ」
零れる涙は見たくない。オーケーオーケー。大丈夫だよ。君は悪くない。悪いのは――
「――簡単に死んじまった……リティストが悪いんだよ」
「……っ」
頭でも撫でてやろうかと手を伸ばして、ルークは自分の“慰め”が悪い方向にいってしまったと悟った。