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第十章 異に接する都


 砂走の窓は全開には出来ないものの、半分程は開閉出来る造りになっている。それは昔、砂走に籠の上から餌を与える為に造られたものの名残で、決してそこから砂嵐の中に顔を出す為に造られたものではない。
 ヤートは今、先程と同じように頭をクリスの手によって強く押さえられている。先程までは窓ガラスに押さえつけられていたのだが、今はその隔たりは開かれ、砂嵐の中に肩から上を出している状態だ。
 デザートローズに入国する前にも経験したが、砂嵐の勢いは凄まじく、ゴーグルも何もない今は、目を開けていることすら出来ない。開いた窓から砂嵐が籠の中にも吹き込んでいるが、足元に砂を落とすための溝があるのでそこにクリスは後から片付けるつもりのようだ。
 魔力を遮断する砂嵐の中で、ゼウスが発動出来るか知りたい――そう珍しく言い直したクリスの表情は、少し甘さを含んだ笑みを湛えていた。
 まだ彼の腕には力が入っているし、頭を押さえつけられている現状も変わりない。どうしても砂嵐のせいで身を引きそうになってしまうヤートが悪いのだが、やはり今日のクリスはどうにも強引に思える。
 目は閉じられるが耳はそうもいかず、耳の中に砂が入り込んでくる。ルナールに着くまではシャワーも浴びれないだろうから、この不快感とはしばらく付き合うことになりそうだ。
 ヤートはいつまでもこうしていられないと考え直し、クリスの要望通り砂嵐の中、ゼウスを起動する。
 頭の中にゼウスが起動する独特の感覚が広がり――問題なく稼働を続ける。
――魔力を遮断する砂嵐だが、肉体に守られた精密機械なら問題はない、か。
 思えば砂漠を横断した際にも試す機会はあったのだろうが、あの時は自分はまだ捕虜という立場だったためにゼウスだけでなく戦闘自体を制限されていた。本当はクリスはあの時から、これを試したいと思っていたのかもしれない。
 しかし、何故それならそうと口で最初に言わなかったのだろうか。わざわざエイトの食事に何かを仕込まなくても、彼の目の前でも充分行えた検証だろうに。
 クリスに掴まれたままだった頭が引っ張られ、籠の中に上半身を戻される。そのまま彼は窓を閉め、思った通り、足元の溝に舞い込んだ砂を足で払っていく。窓の造りが独特だからか、思ったよりも吹き込んだ砂の量は少ない。
「問題なくゼウスは起動した。これで満足か?」
 頭を軽く振って砂を払ってから、ヤートはクリスを振り返った。頭を押さえていた手は籠に戻った時には外れていた。ヤートが振り返ると、クリスはエイトを気にしていたようだが、彼に向けていた身体を戻して頷いた。その顔はまた普段通りの無表情だ。
「ああ。そのようだな。ありがとう。さすがに砂嵐の中での魔法の発動はゼウスでも無理だろうが、問題なく稼働することがわかっただけでも大きい」
「……砂嵐の中での戦闘が、あるのか?」
「……いや、今のところは想定していないが、ルナールの南部側がどうなっているのかは俺も知らないからな」
「確か……南部側は砂嵐の除去に成功したんじゃなかったのか?」
「除去だと俺も聞いているが、それがデザートローズと同じようになっている保証はない。そもそもどうやって天候を制御しているのか、俺はそこから疑問だがな」
 クリスに言われるまで失念していたが、確かにデザートローズでは全域で砂嵐の排除に成功している。その理由の詳細は国民には明かされておらず、自分の生まれる以前からずっと“そう”だからこそ、皆それが普通だと麻痺してしまっていた。
 国防の延長くらいの感覚でしか、軍でも認識されていないのではないか? 現に自分だってそうだった。そういうシステムがあるからだとか、宮廷魔術師の魔力だとか、そういった噂はあったが、本気で追及しようとはしていなかった。困るようなこともなかったからだ。
 クリスの足元で砂が小さな山をつくる。足首にすら達さない低い山だが、その集まりがまるで積もり積もった悪意のように感じられた。
「ヤートさん……“俺の計画”を聞かないか?」
 ざらりと砂の山が崩れる。狂犬の足元に転がるのは、掌から零れ落ちた命のごとく脆き砂粒で。
「……なんだ?」
「……ゼウスで砂嵐を制御して欲しい。これが出来れば、俺達は……えいえ――」
 そこでヤートの意識は途切れた。
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