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第十章 異に接する都


 ルークのたっての希望で用意した保存容器を取り出して、ヤートは大陸中央部の科学技術のレベルに驚きを隠せなかった。
 軍用の兵器の質が地方によってばらつきがあるのは今では周知の事実であるが、民間レベルでもここまでの差があるとは……
「使用者の魔力に合わせて熱反応を起こす容器か。さすがは食べ物にうるさいルーク、といったところだな」
「この手の知識は豊富だからな、あいつは。ほら、もう温まったぞ」
 元は軍用の製品だったらしいこの保存容器は、民間にもそれなりに普及しているらしい。そのうち南部にも流れてくるだろう。砂嵐に妨げられてはいるが、陸続きなだけ城塞都市よりは流通が早い。
 魔力を遮断し物理的な妨げだけでなく精密機械すらも無効化してしまう砂嵐のせいで、ヤートの産まれた南部の軍用兵器のレベルは低い。デザートローズだけはその問題にしっかり対応していたようだが、地方としてのレベルで言えば低い方になる。
 その点、城塞都市は中央部並みに進んだ科学技術を持っていた。しかしそれは軍部のみだ。民間人への科学技術の恩恵と言えば、民の安全を守る城壁だけだろうか。少なくともこういった生活に直結した技術の提供はなかったはずだ。
「うお、本当に熱々じゃねえの。すげぇな」
 クリスの魔力の名残がまだある容器を受け取り、エイトが感嘆の声を上げる。野営の延長のような状態で熱々の食べ物を食べられることがいかに贅沢なことかは、軍人なら皆わかっている。
 しかもこの容器の中身は、愛する彼女の手料理なのだから尚更だ。
「相変わらず、良い腕をしているな。レイルは」
 あまり感情を出さないクリスですらも、そう言って薄く笑っている。それ程までに、彼女の料理の腕は良い。初めて拠点で軽食ではあるが手料理が振る舞われた際は、本当に彼女一人で作ったのかと確認してしまった程だ。普段の大雑把な性格のままに切られた食材が煮込まれて、それがまたどうにも『懐かしい味わい』を醸し出すのだ。
 今夜のために朝早くに作られていたこの容器の中身であるグラタンも、素朴でどこか懐かしい味付けがされていた。
「本当に君達は、何をやらせても一級品なんだな」
 封を開けて熱々の絶品をいただきながら、ヤートはクリスに笑みを向けた。目の前では餌にがっつく犬のように、エイトが容器を空にしていた。大量に作っていたので、多分まだ二袋くらいはあった気がする。
「おかわりか? エイト」
「ん? ああ。わりい。頼む」
 容器の中でぐちゃぐちゃに混ざっていたグラタンを口に流し込むようにして空にしたエイトに、ヤートは溜め息をついてしまう。もう少し味わって食べたら良いと思う。ここには食べ物を取るような人間もいないし、命の危険も今のところはないのだから。
――君が気を張らなくても、目の前の群れの頭が充分に警戒しているさ。君にはどうにも、世話焼きのようだからな。
 魔力で温めたもう一つの容器を渡すクリスを横目で見ながら、ヤートもエイトの年下らしい旺盛な食欲には自然と笑みを零してしまった。
 大食いなルーク程ではないが、エイトも彼と同じく何事に対しても“素直な”反応を見せるタイプだ。これまでの経験から多少捻じ曲がっている部分はあるが、根本的には真っ直ぐな青年だと思える。
 今だってガツガツと容器を空にしながら、その作り手に対して「マジでムカつく腕だなこりゃ。こんなもん、ぜってー落ちるだろ」と彼なりに称賛の言葉を述べていた。その後に「こういうのが、家庭料理ってやつなんだろうな」と零した声は、少し震えていたように思えた。
「ルナールに着いたらまた、食事は当番制にしてやる。お前が食いたい物を食わせてやるよ」
 エイトにはとことん甘いクリスにまた溜め息を吐きつつ、ヤートも愛しい彼女の手料理を食べることに専念することにした。隣で赤い瞳を見詰める彼の手は、止まったままだ。
「……どうした? クリス?」
「……いや、なに……料理は……ヤートさんは味わって食えよ」
 そう言ったクリスの口元には、先程までとは違う意味の笑みが浮かんでいる。
「それは、いっ――」
 いったい何なんだと問おうとしたヤートの目の前で、エイトの手から空になった容器が転がり、簡素な造りの籠の床にポトリと軽い音を立てて落ちた。
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