第十章 異に接する都
「そんな……こと……」
痛い所をルークに突かれて、ルツィアはそう言い淀んでしまった。
セイレーンの伝承は、ルツィアが知っているように人魚の『叶わぬ恋』の物語であり、ルークが言うように『叶わぬ夢』を願った話でもある。どちらも間違って等いない。
遥か昔、それこそ人ならざるモノ達が闊歩していた神話の時代より更に昔。古の、文明等もまだ発展していない原始の頃。
母なる海を“家”とする魚達の群れの中、一人――というよりは一匹と言うべきか――の『魚』が人間と恋に落ちる。種族の違いだけでなく、“二人”の間には陸と水中という世界の壁もそそり立ち、なんとか番になることが出来たものの、その身体は互いの生活環境に耐え切れずに息絶えるまで苦しみ続けたという。
ただ共にいるだけでも苦しみを伴う関係の夫婦像は、子供に聞かせるには『儚い恋』と美談に出来るかもしれないが、思春期も過ぎてしまうと、さすがに『問題のある関係』にしか見えてこなくなってしまうくらいには、ルツィアも“大人”の考えになっていた。
共に生きるというだけで、お互いを苦しめ合う関係。ルークはそう言いたいのか、その口元はにやりと笑ったままだ。しかし――
――私じゃきっと、彼女を苦しめることなんて出来ない……
レイルへの感情は、ロックとのことも含めて複雑で、甘美で、憎らしい。彼女のことを愛している自分もいるし、愛する相手と絡まり合う女としての憎しみもある。もう、なにもかもがぐちゃぐちゃだ。心も、身体も、肉体関係ですら、狂犬達は気にせず、絡まり合っている。それを自然に楽しみながらも、周囲を巻き込み、しかしその内面に足を踏み入れることは許さない。
――そう。許してはくれない。だって貴女は……
「私が彼女を、傷つけたから……」
「……ん?」
目の前で全てを飲み込む青が揺れる。その色合いは優しいが、それでいてどこまでも深く深く広がる闇のように暗さが目立つ。
「だから今は……私が傷ついてるの……仕方ないの。私が悪かったから……」
「ん……そっか」
ルークは、わかっているのかもしれないし、何も知らないのかもしれない。それでも彼は、ルツィアの頭を優しく撫でてくれる。穏やかな大きな手に、頭をガシガシと撫でられる。
「反省するってことは大事だと俺は思うから、良いんじゃないかな? 夢はそれから、見たら良いんじゃねえの?」
確かセイレーンの伝説の中にもそんな部分なかった? と笑う彼に、ルツィアは心が救われた気分だった。