第十章 異に接する都
吹き荒ぶ砂嵐のせいで視界の悪さは変わらないが、砂走の籠の上には、徐々に夜の帳が落ち始める。
昼前くらいから“計画的”に食料を食べ始めたルークが、またルツィアの前で本日数度目の“間食”を始めた。この籠にはルークとルツィアの二人しか乗っていない。それなのにここにある荷物の量は異常に多い。
尊敬するべき先輩と対面して座っているルツィアの横には、ルークが二日で食べきるであろう食料の山が積み上げられている。籠の上に一緒に運び込んでくれたクリス曰く、「勝手に食べないように明日の分はお前の横に置いておく。あまりに言うことを聞かないようなら蹴ってくれて良い」とのことだ。今はまだ、蹴るまではいっていないと思う。
「あー、早く夜になんねえかなぁ」
片手に拠点から持って来たクッキーを持ちながら、ルークはそう言ってにこやかに笑う。彼の隣には間食用のお菓子と弾薬が半々の割合で積み上がっていて、籠の中の空気を甘いものにしている。もちろん、匂いの意味でだ。
「夜になると、何かあるんですか?」
「んー、女の子が好むみたいな天体ショーとかはないけどさ、きっとルツィアちゃんは気に入ると思うぜ。レイルが作ったグラタンがあるんだ」
ゴソゴソと食料タワーの中から朝に手渡された容器を見せてくるルークに、ルツィアは「もう……ほんと、食い意地が張ってますよね」と呆れながらも笑ってしまった。
ルークは、見ていて清々しいまでによく食べる。満腹中枢が戦闘によって破壊されているのかもしれないと、最初はルツィアも深刻に考えてしまっていたが、『三時のおやつ』を過ぎた辺りにはもう、そんな考えはどこかに消え失せていた。
――この人は、ただよく食べる人なだけだ。それ以上の理由もないし、ただの趣味だわ。これは。
昼前に「お腹が減った」とサンドウィッチを手に取って、それが終わってからは、もうずっと『お菓子タイム』がダラダラと続いている。食べ方が綺麗で、しかも屈託のない笑顔なので、それ程見ている分には気持ち悪くなるようなことはなかったのが唯一の救いだ。
「ルーク先輩って、なんでも食べるんですね」
何の気なしに言葉にしてしまってから、ルツィアは慌てた。これではまるで、嫌味のようだ。しかし当のルークは特に気にした様子も見せない。
「基本的に、好き嫌いはねえからなー。ご飯が美味しく食べれたらそれで、俺は満足だから。ルツィアちゃんもそう思わない?」
「え、まぁ……それはそうですけど」
尊敬すべき先輩の、なんとも締まりのない台詞に、ルツィアは困惑してしまう。本部で聞かされた彼の噂は、身の毛もよだつ殺人犯そのものだったのに、目の前の先輩はまるで恋する乙女のような目で手に持つお菓子を見ている。
「ルツィアちゃんも食べなよ。あ、でもあんまり食べるとレイルの手料理が食べれなくなるか。それはダメだよなー」
まるでルツィアの反応を楽しむようにそう言って笑う口元には、先程までは浮かんでいなかったいやらしい笑みが貼り付く。そういうところは狂犬の一匹なのに。でもやはり、あの金色程にはゾクリとする寒気を感じないし、あのエメラルドグリーン程に心を乱されることもない。そもそも彼はゲイだから、自分に対して興味すらもないのだろうが。
「ちゃん付けはその、もう良いですよ。私は貴方の後輩ですから、呼び捨てで呼んでください」
「え!? 良いの? じゃ、ルツィアって呼ぶな。改めてよろしく」
「ええ。こちらこそ。よろしくお願いします」
にっこり笑って伸ばされた手に、ルツィアも照れ臭いながらもそれに応じた。男の手なんて彼の細い手しか意識して握ったことがなかったルツィアにとって、ルークの逞しい手は全く別物にすら感じられた。男性の手のひらがこんなにも厚いなんて、思いもしなかった。
優しい笑顔を浮かべたルークは「やっと俺もルツィアと仲良くなれた」と言って笑った。狂犬達の一匹とは思えない穏やかな笑い声に、ルツィアも自然に笑みを返す。穏やかな性格を表したような青の瞳が、優しく細められる。大樹に寄り添う小動物の気持ちがわかった気がした。
「おいおい、泣くなよ。可愛い彼女泣かしたなんて知れたら、ロックに怒られちまう」
心を熱くさせる優しさに、ついつい緩んだ目元が大きな手で拭われる。不器用な指先で優しく触れて、彼は苦笑混じりにそう言い――ルツィアの身体を抱き締めた。