第十章 異に接する都
その少年達は、争いの絶えない神話時代に出会った。魔力の高い存在であった二人は、しかし天地を裂いた争いに巻き込まれる。お互いの永遠の愛を誓い、そしてそれを貫くために、二人の少年は南部の大地を砂嵐によって閉ざし、二人だけの城を造り出したという。
「男の子同士の悲恋、ですよね。ロック先輩は、彼等は死んだと思いますか?」
ロックの話は南部に伝わる砂嵐にまつわる伝説だった。この伝説に限らず神話時代の伝承は『同性愛』についての内容も多く、バイセクシャルであるレイルもそれなりに聞いていて楽しめるものだった。相手へ惹かれるポイントに『魔力』が挙げられているところがまた、魔力の高かった当時らしい感性だと思う。
砂嵐の伝承は有名なので、中央部出身のレイルでも少しは聞いたことがある。登場人物の“設定”に多少の違いはあれど、大まかな内容は変わらない。そもそもレイルもロックも、伝承の中で出てくる人間が使っていた地竜の槍の模造品の使用者と任務を共にした際、その伝承に多少なりとも触れたと言えるだろう。
砂嵐を生み出し、自身を永遠の“城”の中に閉じ込めた二人。普通に考えれば死んでいる。
「そもそもこれは伝説の話だ。南部の軍がいくら探してもその城は見つからなかったようだし、『天界』なんて存在、有り得るわけねえよ」
極めて現実的な考えのロックらしい答えに、年相応の夢を期待していたサクが項垂れる。残念。下心のない人間に対してのロックの対応は、基本的には大雑把なものだ。クリスから彼が対物性愛者だと聞いた瞬間、レイルとロックは頭を捻り、無理に迫るのは止めようという方向性で一致している。
「……天界って言えば、あの光将が使っていた魔剣も、『天界から贈られた武器』だったな?」
忌まわしい、とびきりの上玉だった。きっと普段は優しいだろうに、あの時、剣を交わしたあの瞬間だけは、自分への憎悪に滾った茶色の瞳が忘れられない。思い出すだけでゾクゾクと背筋を這う死の恐怖が、じんと身体の芯を熱くさせる。今、自分は生きているのだと感じさせてくれる。
南部の空軍所属のリチャードが掲げた『エクスカリバー』も、伝説に出てくる魔剣である。
神話時代には人間以外の人型の種族がたくさんいたらしいが、あまりそういったものを信じていないロックは伝承を語る際にそれらの種族のことも一纏めに『人間』と言っていた。
天界とは文字通り『天の上の世界』であり、『魔王』と敵対していた『神』が自身の手足となる『天使』達と共に生活していたらしい。その『神』が人間の軍勢を助けるために、魔なるモノ達を浄化する光の剣『エクスカリバー』を与えたというのだ。
「らしいな。確かにあの剣も骨董品だろうが、光将の家系に代々受け継がれていた“だけ”のもんだ。何千年も続いた家系でもねえよ。そもそも神って概念が、僕には胡散臭くて仕方ねえ。神ってのはよ、僕等にとっては『凄まじい力を持った存在<人間>』だけじゃねえのかよ?」
レイルからすれば、伝説上の『神』が今の時代の『神』と同じ概念とは思えないが、ここでもロックは彼らしく、『神』という存在を一纏めにして嗤った。本当に彼らしい。
今の時代は、それで間違いない。天上の存在なんてものは存在しないことは、飛行機を飛ばせばわかることだし、深い深い海の底も然り。魔物も召喚獣も皆等しくモンスターであり、地中深くには地底帝国なんてものもなく、大地の鼓動が滾っているだけだ。
「神様なんてものがいるなら、私らはとっくに消されてるってか」
レイルも彼に同意なので嗤ったが、夢多き若者であるサクは納得は出来ないような顔をしていた。骨董品好きと言われるだけあり、神話時代の伝説には少しうるさそうだ。可愛い顔だから許せる。
「確かにそうかもしれませんが」
「あ? 僕らが消されても仕方ねえってか?」
「いや、違いますよ! そこじゃなくて、確かに……天界には『凄まじい力を持った人間』がいたのかも? と思って」
「……なんでそう思う?」
目の前の金色が気だるげに揺れたが、それは敢えて無視してレイルは聞く。サクの話に興味を持ったからだ。
――翼の生えた天使様を、お前は本当に『人間』だなんて言うつもりかよ? むしろお前にとっては、『天使様』の方が都合が良いんじゃねえの?
伝承の中の天使様は、大きな翼を背から生やした人型の種族で、同じく人型の種族であったとされる『エルフ』と共に美形揃いの美しい見た目をしていると記載されている。属性も同じく光側の種族として描かれていたか。
天界の使者として“造られた”存在である彼等には、人間で言うところの感情が欠落しているらしく、度々記述には“機械的”といった表現が目立っていた。まるで戦闘兵器のようなその冷たさは、遥か上の存在にも言えることだろうか。
「レイル先輩、顔……怖いですよ? 俺はただ、人間じゃない者が造った武器を、人間が使いこなせると思えないだけです」
「あー……そうだな」
今度こそ、目の前の金色の空気が変わった。すっと細められたその瞳に、ぞっとするような殺気が孕む。心も身体も貫いてしまいそうな殺気が、心地良くて、でも……この“想い”は貫かれることはない。
彼は“神”を知らないから。
「お前はルツィアと違って出来が悪いのかと思ってたけどよ、やっぱ頭は良いんだな」
感心感心と嗤ってから、続ける。
「あのエクスカリバーもきっと、人間が造った魔剣だろうぜ。あー、もちろん……『普通の人間』が造った、な」