第十章 異に接する都
砂走の籠は砂嵐を通さない独自の造りをしており、空気の循環を行う通気口は何重ものフィルターによって砂嵐を遮断している。
空気を循環させるファンは砂走の血潮であり、この砂漠で万が一にも“足”を失うことは絶対に避けなければならない。この辺りは近隣に街もなく、放り出されたが最後、砂漠を巣食う悪意達の餌食になってしまう。
今朝、クリスから各籠に渡された餌は大量に積んでいるものの、それでもこの座席一席分の荷物――大半はロックの装備で、一番苦労したのはサクの槍だ――の四分の一を占めている分でも、二日分ちょうどらしいのだから驚く。
大きさの割には少ないかもしれないが、パック詰めされたその“餌”を見る限り、悪食と言わざるを得ない。
絶対に餌をやる瞬間までパックは開けるなと言っていたリーダーの顔を思い出し、ロックは溜め息をつきつつタバコに手を伸ばそうとして、「タバコ、マジでやめてくれ」と珍しくレイルに本気の制止をくらった。
砂漠の上を這うように走る砂走の上部に取り付けられたこの籠は、その動きの割には振動は少ない。砂嵐が吹き付けているはずだが、その気配すらも感じさせない優秀なる『空気の循環システム』だ。しかし、それも内部からの浸食は別だった。
南部の軍学校には通っていたロックだが、軍には結局入隊していない。その為ロックは、砂走の実物は見るのが初めてだった。もちろん乗るのも初めてなので、最初、いつものようにタバコに火をつけた途端、内部から煙がなかなか抜けず、まだ途中だったタバコをレイルに雷で吹き飛ばされたのだ。
無意識に伸ばし掛けていた手の行く先を求めて、ロックは自分の隣に山積みにされている装備に行き付く。自分の愛銃をするりと撫でてから、正面に座るレイルの双剣のうちの一本――宝剣リキュアールの鞘を指でなぞる。
「レイル先輩のその宝剣、ルツィアが使っている弓と同じセイレーンのものなんですか? なんだか、水の魔力を感じるんですけど」
「あー、これだろ? 確か、神話時代の水剣じゃないかって噂の骨董品だ。あの会社の製品じゃねえが、水冷系の魔力を宿しているのは間違いねえな」
サクが助かったとばかりに勢いに任せて話題を振ってくるので、ロックもこれ幸いと合わせてやることにする。目の前のメス犬はまだこちらを射殺しそうなまでの殺気の籠った眼光を飛ばしているため、健気な後輩の問い掛けを完全に無視している。
「えっと……レイル先輩の魔力って、水……ではないですよね?」
自分に向けられたわけではない殺気にサクの声は少々震えているが、ロックはついつい楽しくなってしまって、わざとメス犬の前でポケットに入れていたライターを閃かせて見せた。その瞬間ビリリと灼熱感が手に走り、ライターを持っていた手に稲光が瞬く。吹き飛ばされたライターはそのままに、ロックは健気な後輩の問い掛けに答える。
「見ての通り、こいつの身体には“低い雷の魔力”しかねえよ。まったく……大魔導士様なら雷を這わすだけじゃなく、敵陣を粉砕するレベルのバケモノ属性なのにもったいねえ奴だぜ」
「うるせーよ。これでもお前を引き裂くには充分なレベルだぜ? それに、私の仕事<殺し>は戦力を削ぐ為の見世物じゃねえんだ。手に触れた相手に這わせるだけで充分、“役に立つ”んだよ」
「淫乱女」
「てめーにだけは言われたくねーな」
射殺さんばかりの視線だけはそのままに、しかしその口元には笑みが浮かんでいる。沸騰するのも早いが、気持ちの切り替えも早い女だ。
「雷の魔力体質のお前が、なんでそんな“魔剣”を持ってんだって、愛する後輩ちゃんがお聞きだぜ?」
二人のやり取りを不安げに見ているサクが可哀想だったので、ロックは代わりに聞いてやった。まだ燻っているこの殺気にも、早く慣れて欲しいものだ。こんなの、日常茶飯事のじゃれ合いだ。
「たまたま軍の“お偉いさん”から貰ったんだよ。よく切れりゃそれで、私には問題ねえからな。お前もそんなつもりで、そんな“骨董品”使ってるんじゃねえのかよ?」
レイルの鋭い瞳が、今度はサクに向けられる。真横からの全てを貫きそうな視線に、サクは落ち着かない様子で、しかし愛槍のことはやはり話したくもなるらしく、それなりにスムーズにその口が開いた。
「やっぱり皆さん、まじまじと見てないのによくわかってますよね。この槍は伝説上の槍である『地竜の槍』の模造品です。だから、正確には骨董品の模造品なんで、これ自体は骨董品じゃないんですよ」