第十章 異に接する都
基本的にこの狂犬達のリーダーは、無駄を省いた話し方をする。感情すらも欠落したような無表情で語る作戦内容然り、これから向かう目的地に関する伝説の話然り。しかしその奥底に仲間に対する熱い想いを隠していることを、ヤートもさすがにもう理解しているつもりだ。
「あの都にはその昔、『魔王の墓』があったらしくてな。あの子供向けの絵本によくある『機械を操る魔王』の墓だ」
クリスが言った『魔王』の話は、誰もが子供の頃に読み聞かせをされるであろう伝説の中のひとつだ。今から考えると何故機械を操るのに魔王と呼ばれるのか疑問だが、子供心には丁度良く恐怖心を抱くことは出来ていたので問題ないだろう。
「墓の上に都なんて、えらく罰当たりだな」
「普通の墓ならそうだろうが、とてつもない魔力を持っていた魔王の身体は、死して尚、“エネルギー”に満ちていたらしい。その意思亡き身体のエネルギーを頼って、あの都は現在の姿まで栄えたという噂<伝説>だ」
さすがは特務部隊のリーダーだけあり、彼の知識量にヤートはいつも驚かされる。今話したことは昔話レベルの話だが、抜かりのない彼のことだ。更に“現実味を帯びた”詳細がこの後聞けるに違いない。
「わざわざ“エネルギー”なんて言うってことは、魔力じゃねえってことだよな?」
大人しく続きを待つヤートとは違い、エイトはそう挑発するようにクリスに悪い笑みを向ける。
彼の獣を連想させる赤い瞳が、初対面の時の印象も相まってヤートは少し苦手だった。だが今の彼の瞳は、伝説や神話に目を輝かせる少年のような瞳だった。不意打ちにそんな顔をされれば、ついついヤートの口元も緩んでしまう。
どうにもクリスはエイトに甘いような気がしていたが、たった今彼の気持ちがわかった気がする。
「そうだ。機械兵士を操るという伝説の通り、その魔王の『力』は『電力』だった。魔力とは異なる電力を操る魔剣と共に、魔王の死体を動力源として、その地に『光の都ルナール』は誕生した。都の地下には魔王の身体が今も眠っていて、そこから電力を供給しているらしい」
「つまりルナールでは、魔力ではなく電力によって街の機能から軍事力に至るまでを賄っているということか?」
「そういうことになる。さすがにこれは潜入してみなければ真偽まではわからないが……」
やはりクリスは冷静だ。伝説は伝説、現実は現実としっかりと分けて考えている。
仮にその伝説が全て正しいとすれば、それは本部からすれば脅威となるであろう。大陸の中心である本部がある中央部では、魔法と科学が両立的に発展しており、機械による武装や高層ビル等もよく見かけるが、話を聞く限りルナールの機械武装は、どうにもそれ以上の空気がある。
「その都にも特務部隊はいるんだろ? そいつらに聞いたらどうなんだ?」
きょとんとした表情のエイトの至極当然の疑問に、クリスは苦笑しながら答えた。
「……それが出来れば苦労はしないんだがな……」
「……裏切り、か?」
決して軍部が一枚岩ではないように、特務部隊の中にも反乱分子はいるのだろう。その戦闘能力の高さから個人の能力が抜きん出た特務部隊が数人反旗を翻すだけで、街一つくらいなら充分混乱の渦に巻き込める。
それが支部全体まで浸食していたとしたら……
「あの街の支部には現在、戦闘要員は三人だけだ」
「そんなに規模の小さい都なのか? 決してそんなようには――」
「――都と言うだけあって規模は大きいが、それよりもその三人の腕が確かだから、その人数で任されていたんだ」
ヤートの言葉を遮るようにして、クリスは続けた。彼は、逸れてしまった話を元に戻す。彼が話していたのは『召喚の伝説』の話だった。
「あそこにいる特務部隊は、都の『召喚の鍵』を握っている。あの都の召喚の鍵が解かれるのを防ぐのが、俺達の今回の任務だ」