第九章 繋ぎ合わせたモノ
すっきりした頭と身体でレイルの部屋を出ると、しんと静まり返った廊下の気配に、思わずエイトは苦笑いをしてしまう。
――“気配を消している”気配ってのは、どうしてこうもゾクゾクするんだろうな?
口元にまで現れてしまっている笑みをそのままに、エイトはサクの姿を探して一階へと降りる。
階段を降りながら彼の拙い気配を探るが、どうにもリビングが怪しい気がする。あのバカ、あれから寝もせずにまだリビングにいるとでも言うのか。
――めちゃくちゃ反省してるとか? もしかして、打ちひしがれてる、とか?
さすがに冷たく突き放し過ぎたかと、今のエイトは考える余裕が出来ていた。彼は悪意でも嫌悪でもなんでもなく、ただ自身の性的趣向のせいでデミのことをああ言ったのだと、そう考えてやろうと思える余裕が出来た。
だって、悪意ではないのだから。だから、“今回”は見逃そう。“次”も言ったら、その時は――
リビングの扉に手を掛ける。間違いない。この扉の向こうにサクはいる。しかしエイトが扉を開ける前に、その扉は向こうから開いた。
「っ!? なんだ、エイトくんか……」
部屋からヤートが出て来たので、エイトは短く「……悪いか?」と聞いた。身長差があるために上目遣いになってしまい、ヤートの視線が一瞬躊躇うように揺れた。
――なんだよ、ゼウスのオッサンも男がイケる口か? オレの好みはもっと頼れる男だぜ?
「いや、そんなことはない。サクが君のことを探していたよ。ほら」
そう言ってエイトをリビングに招き、自分はそのまま出て行ってしまった。まるで保護者か引率者のようだ。十は離れている年齢には、男としての魅力は足りなくても、上官としての魅力は感じられた。実力は多分、伴わないのだろうが。
「……エイト……」
サクが大きな瞳に涙を一杯にして、そのままがばりと頭を下げて来た。その大きな動きによって床に大粒の涙が落ちる。
「ごめんなさい! 俺、エイトの気持ちも考えずにっ! いや、違うよな! “デミさんの”気持ちも考えずにごめんなさい!」
嗚咽混ざりにそう謝られてしまっては、エイトも怒りの矛先を見失ってしまう。そもそも、ここには許そうと思って来たのだから尚更。
「気にすんなよ。ま、次はねえけどな」
「うん。俺、いつも周りから『鈍い』とか『相手の気持ちがわかってない』とか言われるから……」
「ま、サクは正直者ってことだな」
ガシガシと頭を撫でてやったら、ようやくその頭が上がった。涙塗れのその瞳は、エイトの好みだ。
「優しいエイトを、これ以上傷つけたくないから俺……頑張る」
「……優しい、ね……」
――本当に優しい奴は、人の女と寝たりしねえよ。ま、それを敢えて言わなかったことは、『優しい』かもしれねえけどよ。
歪みそうになる口元は、今は隠すことにした。正直者と一緒にいても、自分まで正直になる必要なんてない。それが人間関係の基本だということは、陸軍で散々学んだのだから。