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第九章 繋ぎ合わせたモノ


 リビングから勢いだけで飛び出したは良いものの、ここからどこに向かえば良いのかわからないエイトは、階段の上からもう聞き慣れた女達の声がしたので、とりあえずそちらへ向かうことにした。
「……っ、れ……レイ、ル……」
 階段を上がる途中ではまさかなと思っていたが、階段が終わった廊下の真ん中で、レイルとルツィアのキスシーンを目撃してしまった。完全に目が合った。レイルとだけだが。
「さぁ、子猫ちゃんは早くお部屋に戻りな。あんまり部屋の前でグダグダしてたら、愛する彼氏から疑われるぜ?」
 彼女達は寝室と思われる三つある扉の一つの前にて、固く抱き合い、キスを交わし、そして甘い言葉を交わしていた。その甘い言葉の内容は、どうにも貞操観念の欠落したものだったが、本人達――レイルはいつも通り悪い笑みを浮かべているが、ルツィアは背徳の快感に頬を染めてしまっている――も楽しんでいるようだから何も言うまい。
 余程部屋の中の気配が気になるのか、レイルにそう言われたルツィアはこちらに見向きもせずに背後の扉を開けて中に入ってしまった。その際レイルがわざと部屋の中から見えないように後ろに下がるように動いたが、あれはどう考えても室内の人間とは“共犯”だろう。
 ガチャリと、部屋の中から鍵が掛かる音が響く。
「あの新人、ロックとかいう男の彼女なんだろ? 仲間内で手ぇ出して問題ねぇのかよ?」
 いくら鍵が掛かっていると言っても、廊下の声は耳を澄ませば聞こえてしまう。その為気を遣ってエイトは小声でレイルにそう声を掛けた。多分、本気で気を遣うなら、こんな話題は選ぶべきではないのだろうが。
「別に、本気ってわけじゃねえからイイだろうが。なんだったらお前の相手、してやっても良いぜ? 私のこと、犯したいんだろ?」
 ニヤリと笑ってそう言われるのは、嫌いではない。ゾクリと快感が走るその笑みに、エイトは先程まで溢れかえりそうだった怒りが不思議と引いていくのを感じていた。
「さすがに婚約者様ってのが居る相手を……こんなとこで犯す気はねぇよ。お前の部屋、その婚約者様と一緒なんだろ?」
 さすがに犯す気はない、と言いたかったが、やはりこの女の男を狂わせる力というものは格段なのだろう。ついつい欲望に素直にそう言い直してしまったエイトに、レイルはおかしそうに笑った。彼女の本心からの笑い声は、思いの他明るいものだった。
「私だって愛しい女抱えたままの男に犯されるなんて、考えただけで濡れちまう。頼むからよ、その“彼女”に……私がよく見える位置で見せつけたい。『悔しかったらさっさとその身体、再生しやがれ』って、“お前の女”に言ってやりたい」
 そこまでで限界だった。
 エイトは舌なめずりすらしそうなメス犬の身体を、強引に扉の横の壁に押し付ける。小柄な身体はエイトよりも更に一回り小さく、そして軽い。暴力の方向のままに壁に押し付けられた彼女の身体が、ミシリと壁の悲鳴となって衝撃を伝える。
 それなりに大きな音はしたが、扉の奥からは何の気配も感じない。感じさせない。それ程までに、この扉の奥の闇は深い。“彼”は“彼女”のことを助けることはしない。
 意識を扉から彼女へと戻すと、エメラルドグリーンの瞳に被虐的な色が浮かんでいた。どこまでも噂通りのマゾ女の反応に、エイトはここが狂犬達のアジトの廊下であることをもう一度自身に言い聞かせる。
 こんなにも、こんなにも、彼女のことを求められるのは、ちゃんと『人』だと認めてくれたからだ。
――デミを……培養槽に入ったままのデミのことを、こいつはちゃんと『お前の女』だと言ってくれる。
 自分より頭の位置が低い相手との口づけ等、いつぶりだろうか。形の良い口元から文句も欲望も零すことなく舐めとって、何度も噛み付くような口づけを交わす。
 彼女の小さな手がするりとエイトの胸元、そして腰とをまさぐり、じわりと光る培養槽を撫でた。エイトの懐で暖められていた“デミの身体”は、まるで彼女を拒絶するかのようにその熱を高める。とくりとくりと水泡が揺れて、僅かで単調な反応を晒す。
――デミ。愛しいデミ。早くお前を、オレは……
 片手で“彼女”を弄びながら、もう片方の手がエイトの欲望に直に触れた。
「……おいおい、えらく“水漏れ”がひでえな。イカレてんじゃねえのか?」
 返事の代わりにその身体をきつく抱き締める。壁に背を押し付けながら、乱れたシャツから覘いた肌に爪を立てる。甘い声こそ彼女はあげなかったが、熱の籠った吐息がエイトの耳元をくすぐった。
「……さすがにここじゃ、お互いマズいだろ。私の部屋、ヤートさんは明日の作戦の説明を受けてるだろうから、今なら問題ないぜ?」
「それを問題ないと言えるお前の方がヤベエよ」
「そうだぜ? 私はヤベエ奴だ。本音で言やぁ、デミちゃんをぶち込んで欲しいくらいには狂って――」
「――これで我慢してろ」
 口に片手を突き込むと、彼女は咳き込みながらも、しかしどこか満足げに笑みを落としていた。
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