第九章 繋ぎ合わせたモノ
部屋割りの話をすることを失念していたクリスがリビングへと戻ると、流しにてエイトとサクが二人で並んで食器を洗っていた。
クリスはそのままにしていた自分達が悪かったなと反省。
明日には手放す拠点ではあるが、基本的にクリスは自身が使用した箇所は綺麗にしてから返すようにしている。こんな物件でも一応は本部の管轄なのだから。元猟奇殺人犯という不名誉過ぎる過去を持つ自分達だが、その分振る舞いに気をつけてさえいれば、案外見方は変わるものだ。
本部に対してのこういった日常的な些細なことに、クリスが手を抜くことはない。今夜だってこれから皿洗いは自分がしようと思って戻って来たくらいだ。そのついでにエイトを見掛けたら今夜の部屋割りを伝えるつもりでいたのだが。
「すまないな。客人にこういったことをさせるつもりはなかったんだが」
もう気配で気付いていたのだろう。クリスがリビングに顔を出したその時には、エイトの獣のような瞳が既にこちらを捉えていた。闇に堕ちたような歪な赤が、妙にそそられる不思議な色気を感じさせる。
「さっきあんたには怪我の手当もされてるからな。さすがにオレも、何もせずにってわけにはいられねえよ。気持ちわりい」
あっけらかんとした態度でそう返しながらも、その手元は淀みなく洗い物を続けている。泡に塗れたその手には、とくに危うげな様子は見て取れない。どうやら初めてではなさそうだ。悪ガキのような見た目なので、家庭的な面があるとは思ってもみなかった。
「あまり無理はするなよ。洗い物当番は、初めてじゃないのか?」
「陸軍じゃ寮生活だったからな。後輩にはありとあらゆる雑用が押し付けられんだよ。あんたらみたいな“エリート”は違うだろうがな」
そう言ってニヤリと笑ったエイトだが、その言葉に文面以上の悪意は感じられない。嫌味ということではないようだ。
「俺はむしろ雑用よりも“普通の”食生活を叩き込まれてな。“普通”の食事を、料理から後片付けまで本部の人間に教えてもらったよ」
「……あんた、いったい軍人になるまで何食ってたんだよ?」
その問いの答えを聞きたくないのか、目の前で百面相を始めたサクを尻目に、クリスはエイトに己の過去を語ってやる。
「俺は昔から、人の血肉を食らって生きてきた。栄養バランス的にもその他諸々的にも良くない生活が改善されたおかげで、今は“美味い”食事を楽しめてるよ」
「……うへー、怪談話レベルで聞いてた“食人鬼”って、あんたのことかよ。もっと人格的にもヤベー奴だと思ってたのに、案外話したら普通に良いリーダーしてんだな」
エイトの素直な物言いは、聞いているクリスとしても心地良い。隣で更に面白い表情になってしまっているサクとは真逆の素直さだ。エイトは気持ちを偽らずに言葉にするし、サクは気を遣いながらも優しさと共にその心が漏れてしまう。どちらも愛らしい弟分と言えるだろうか。
「これからしばらくはお前にとっても俺がリーダーとなる。本当に、なんでも言ってくれ。俺達は群れの中で全てを共有している。お前の中の哀しみも痛みも、俺達に預けてくれたら良い。もちろん、俺に直接言いにくいことがあれば、このサクに伝えてくれても良い。年齢もほとんど変わらないだろう? 仲良くしてやってくれると俺も嬉しい」
「へへ、正直オレは、あんたに隠し事するつもりはねえよ。あんたが群れの頭なら安心して手足となれる。ま、一人のベッドが寂しい夜は……サクに面倒見てもらうさ」
どうやら途中で照れ臭くなったのか、エイトはそう茶化すようにして隣のサクに笑顔を向けた。逸らされた赤には確かに情欲の色が浮かんだままなので、話している最中にクリスの“癖”を敏感に感じ取った故の対応だと思われる。
性的な興奮にカニバリズムが直結していることをクリスは敢えてエイトに伝えなかったが、彼の鋭すぎる野生的な勘が敏感に嗅ぎ分けたのだろう。この男は“危険”だと。欲望を誘う赤が逸らされて、その先のサクはアタフタとした手つきで危うく皿を落としそうになっていた。
「あまり新人をイジメ過ぎないでくれよ。今夜はサクと同じ部屋で休んでくれ。俺とルークが同室だったが明日の用意でおそらく部屋には戻らないから、俺のベッドを使ってくれて構わない」
「りょーかい」
だいぶ話は脱線していたが伝えなければならないことを思い出し伝えると、クリスはそのままルークが待つ外に向かうためにリビングを出た。