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第九章 繋ぎ合わせたモノ


 サクとヤートが真剣な表情でクリスを見詰める。先に資料を観覧しているルツィアもまた、クリスの言葉を待っている。その瞳には、知的好奇心というよりは、問題の解決を迫る光がある。全員に飲み物を配り終えた新人二人は、そのままルークが頬を摩りながら座るソファの後ろに立っている。
「ヤートさんとサクにはまだ、イグムスについては資料しか見せていなかったな」
 そう言って視線を投げると、二人は静かに頷いた。隣のルークがまだ頬を摩っている姿――少し不貞腐れている――に笑いそうになってしまったが、それは表情に出さずに説明を続ける。
「イグムスの特性については以前見せた資料の通りだ。物質の種類問わず己に取り込み、必要な部分を取り出した後、その残りを繋ぎ合わせて己を守る兵士にする。必要な部分というのは人間の脳で、繋ぎ合わせる法則等は不明だが、吸収した人間が増える度に繋ぎ合わせた『結果』の戦闘能力は上昇しているらしい」
「……イグムスがその……人間を取り込むことはわかったんだが、どうしてレイル達は『フェンリル』と『デザートローズの陸軍』の混ぜ物と戦闘することになったんだ? レイルも皆も、ここにいるじゃないか。イグムスが取り込むのは『人体』なんだろ?」
「それは……イグムスの洞窟にあの浄化されたクリスタルの破片が飛散したからだ」
 クリスの言葉にルツィアが身を乗り出す。
「っ! ……確か警備していた方が、流星群があったと言っていましたが、まさかそれが!?」
「ああ。あの洞窟の入り口付近に核となる塊が落ちた為に、本部が俺達には伝えずにイグムスへ取り込むつもりで奥へと運んだらしい。どうやらあのクリスタルには、俺達とエイトの仲間のコピーが息づいていたらしいからな」
 南部を抜ける際、車の上を幾多の光の筋が走った。それは何も事情の知らない者が見れば流星群と見間違えてもおかしくはない。それよりも遥かに低空を走ったその光は、光将の手によって浄化、そして砕かれたあのクリスタルなのだ。
 クリスタルは映した相手をコピーする能力を持っていた。そしてその核となる部分――その時にはもう少年の姿は溶け込んでしまっていたらしいが――には、そこに映していた八人のコピーが蠢いていたらしい。
 本部も決して一枚岩ではない。それはここにいる皆が自覚しているし、おそらくデザートローズの方でも感知はしていたはずだ。その任務の性質上、特務部隊は他の部隊からは嫌われている。命令を聞けない狂犬共だが、それがコピーならばどうだろうか? 脳みそを引き抜いた抜け殻ならば、あるいは……と、ろくでもないことを考えたに違いない。
 おまけにデザートローズの陸軍の情報も得られれば一石二鳥だろう。その安直な考えにより、イグムスにはまた猟奇的で攻撃的な脳が取り込まれてしまったことになる。
――今頃、本部はまた騒がしいだろうな。また尻拭いをする羽目になりそうだ。
「その光なら、オレも見たぜ。えらく呼ばれているような気がしたのは、そのせいだったんだな」
「おそらくは取り込まれる前のコピーの“呼び声”だろう。お前……あの中に誰か大切な人でもいたのか?」
 クリスはメンバー構成を思い出しながら問う。フェンリルと同じく男性三人に女性一人の四人編成。その年齢層こそバラバラながら、戦力的には申し分ない顔ぶれだった。近接、中距離、遠距離、補助と、しっかりと“目的”を持って組まれたチームは強い。
 エイトの口ぶりから幼馴染のデミに対する愛情は本物だった。つまり、彼も自分達と同じ。生きる為、己の良心を歪ませた。歪に捻じ曲がった欲望を、他の相手にも与えていたのだろう。そうしなければ、“死んで”しまうから。
「……ああ、いたよ。リーダーのエドワードだ」
「っ!? エドワードって……」
 ルツィアが目を伏せる横で、資料を思い出していたサクが「確か、おじいさんだったような?」と小さく続ける。実際に彼と対面したことのあるヤートは、驚きこそしているものの、平静を保とうとしているようだ。新人三人に共通することだが、基本的には他人の性的趣向を笑うことはしないので、その空気がエイトにも伝わっているのだろう。だからこそ、彼は素直に認めた節がある。
「相手がじいさんじゃ悪いのか? オレにとっては物事、全ての師だ。今のこの身はエドワードのおかげだ。オレにとっては『最高の男<ヒト>』だった。それを笑う奴はぶち殺す。絶対にな」
 静かにそう言い切ったエイトのことを笑う人間等、ここにはいない。しかし、ここには笑う人間はいないが、愛した相手の“仇”はいる。
「エドワードは、俺が殺した」
 ルークがエイトを見上げて言った。頬が少し腫れた彼の顔は痛々しいが、もうその頬を摩ることもしていない。
 エイトは振り返らない。その言葉はしっかりとエイトにも聞こえていたはずだ。しかし、彼は背後に座るルークのことなど、まるで無視して佇んでいる。
 短い茶髪の下、淀んだ赤は闇に身を落す夕暮れのようだ。陽が落ちるようにその目が閉じられ、しばらくの沈黙の後、口を開く。
「……軍にいる以上、殺されるのは仕方ねえよ。エドワードはあの日の朝、言ってたんだ。『これから戦うのは本物の狂犬です。人の形をした悪意です。悪意に打ちのめされた時は、“貴方を愛する者の声”を聴きなさい』ってな」
 そう言いながらエイトは、敗れた軍服のポケットから無線のようなものを取り出した。それを見てレイルが「てめえ、やっぱりあの時の会話録音してやがったか!」と立ち上がる。
 それを目で制しながら、クリスはエイトに説明を求める。レイルの失態はあれから報告は受けていたが、本部の調べではどこにも漏れている様子はなかったのだが……
「あの戦闘の途中、このクソアマに殺されかけたオレは、これの存在を思い出して聞いたんだ。そしたらよ、この音声が記録されてた」
 そう答えてエイトは、その無線機のようなものをテーブルの上に置き、皆に聞こえるように音量を上げた。どうやら録音されていたメッセージはひとつだけのようで、ザザッという雑音の後、やや割れた音ながら聞き覚えのある声が流れてきた。
『エイトくん久しぶりー。僕的にはもうあのじいさんの企みには一切乗りたくなんかないんやけど、大好きなエイトくんの身のためなら仕方ないなって協力してやることにしたわ。その“状況”は今この時を持って終了。なんとしてでも追手をまいて、この国を出ぇ。兵舎までの道と門は僕の方で確保しといたる。ええか、もうこれきりやからな。僕のことも、秘密やで』
 ヘラヘラと切迫した状況の中話すその声は、特務部隊南部支部の顔見知りのものだ。エイトが言っていた合成獣事件の際の失態により視力を奪われたはずだったが、どうやらこの口ぶりでは、もう現役時代程度には勘が戻っているのだろう。支部で会わなくなってからというもの、彼の声を聞くのは久方ぶりだった。
 自然と、笑みが零れる。それはなにもクリスだけではなかったようで、三人の表情も少しばかり柔らかくなっている。どうしても入れ替わりの激しい特務部隊において、その命がまだ健在だという証明は、とても喜ばしいものだ。
「懐かしいな……」
 ロックがふっとそう零すものだから、エイトも「こいつの憧れてた先輩って、あんただろ? 話し方でわかった」と彼を振り向き、薄く笑った。そしてそのまま視線をルークへと移して、すっと息を吸う。意を決した表情。
「オレの大切な人をお前は奪った。だけどよ、オレだってお前等の大切な仲間を殺すつもりだった。だから、それでチャラにしてやるよ」
「……そりゃどうも……許した後だって辛い気持ちは、俺だって知ってるつもりだから、どうしても辛くなったら、俺を気が済むまで殴ってくれ。さっきは、お前の拳に合わせて引いたけど、その時はもう、避けないからさ」
「やっぱそうだよなー。確実に入れたつもりだったんだが、どうにも感触が軽かったからな。いや、もういいぜ! あんたがこの中では一番“誠実”そうだってことがわかっただけでも、オレはもう、満足だ」
「そうか。敵同士だったが、これからは味方だ。俺達は確かに周囲からは狂犬と呼ばれているが、群れの仲間に牙を剝くことはしない。これからは、よろしく頼む」
 クリスが手を差し出すと、エイトも素直にそれに応じた。その瞳は相も変わらず真っ直ぐで、淀んだ赤が時折見せる情欲は、不思議と心地の良いものだった。
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