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第九章 繋ぎ合わせたモノ


 エイトは手にしたその“彼女”のことを話し出した。クリスは彼にもソファを勧める。あの手に持つモノの意味を考えると、話は長くなりそうだった。
 エイトには大切な幼馴染の女性がいて、その女のことをとても大切に思っていたと言う。
 彼の出身はデザートローズから離れたデザキアという街で、そこの豪商宅にてある事件に巻き込まれたというのだ。
 デザキアの豪商が生物兵器――複数の生物の身体を融合させてひとつの新しい命を生み出すという狂気じみた実験の末、エイトの幼馴染は大型の獣と融合、そしてその時潜入していたデザートローズの陸軍、そして特務部隊の手によって処理されたのだ。
――豪商スペンサーの一件が、まさかこいつまで巻き込んでいるとはな……
 言葉には出さずにちらりとロックとレイルの顔色を窺う。二人共、見事なまでのポーカーフェイスだ。まるでそんな豪商の名等初耳だとでも言うかのように、ロックはソファにだれたまま。レイルもさっさとそんな彼の隣に腰を下ろしている。ちょっと前ならキーキー騒いだであろうルツィアはそんなことは気にもしていないのか、人数分の飲み物を用意しだした。
 ルツィアのその行動にソファの後ろで立っていたサクが慌ててそれに倣い、ヤートは話の内容を予感してかその眉間に皺を寄せている。クリスはヤートにも座るように言って、エイトに先を促す。
「獣と融合した彼女……名前はデミって言うんだが、融合した身体からなんとか引き剥がした部分がこれだ。融合の際に心と身体が引き剥がされたみたいで、デミの姿をした身体には、デミの心が残ってなかった。反対に、この獣の脳と目の断片には、デミの心が残ってるんだ」
「……人間のものにしてはおかしいと思っていたが、そういうことか……」
 両手で口元を覆うようにしてそう絞り出したヤートの横で、ルークが興味津々という表情で「確かに光にも反応してるし、“これ”はまだ生きてるな。えらくデカいと思ったら、こりゃ山羊か何かか?」と笑っている。クリスは自分自身、このメンツの中で人体の中身について一番詳しい自覚はあるが、次点はおそらく彼だろう。いつもは死体にしか興味がない彼も、まだ生きているこのサンプルには、例え元が女だったとしても興味が持てるようだった。
「……獣の種類なんて、関係ねえだろ」
 目を伏せながら小さな声で言ったエイトに、ルークが座っていたソファから立ち上がる。パックのコーヒーを持って来ていたサクが慌てて避ける。
「いや、あるぜ! あんたはそのデミちゃんって子の“身体”をこの状態から再生したいんだろ? 残った脳も目もぶつ切りの神経も、人間のものじゃねえんだ。だったらここから再生すればどうなるか……わかるよな?」
「デミは人間だっ! 笑ってんじゃねえ!!」
 最後には薄笑いすら浮かべていたルークがエイトに殴り倒された。接近戦は本業じゃないルークには、さすがにエイトの高速の拳は見切れない。隣に座っていたヤートに助けられる形でどうにか踏み止まる。
「……お薬に振り回されてるキチガイ野郎かと思ってたが、どうやらもう、まともらしいな?」
 ロックの隣でポーカーフェイスを決め込んでいたレイルが、そう彼に“確認”する。精神に異常をきたす薬の副作用でもなんでもなく、今はちゃんと“思考”出来ているのかを問う言葉だ。エイトはデザートローズでの交戦記録を見る限り、精神をハイにする薬品と身体能力を強化する薬品を常用している形跡があった。
 しかし今、目の前で話すエイトからは薬の作用は見受けられない。乱用者特有の瞳の揺れや激昂も見えない。さっきのルークへの攻撃だって、ちゃんと加減はされていた。
「あれはデザートローズの陸軍でオレが居場所を確保するために必要な薬だったってだけだ。もちろん、あれを飲んでお前を八つ裂きにするのも望んでたがな。副作用がまだたまに出るから、オレが薬を欲しがったら遠慮なくぶん殴ってくれて良い」
「次はお薬無しで私を八つ裂きに出来なきゃなぁ?」
「レイル、少し黙っていろ。エイト、副作用というのは?」
 他の者の目もあるというのにわざわざ挑発するレイルを制し、エイトに続きを促す。
「身体が震えて頭痛や冷や汗、簡単に言や動けなくなるって感じだ。こいつらと遭遇する前も、あのイグムスの手前の部屋で、一日動けずにいたくらいだ。頻度は徐々に減ってはいる」
「なるほど。読めないということだな?」
「そうなるな。だが、前兆みたいなものはあるから、その都度教える」
「わかった。本部に何か予防する薬がないか問い合わせてもみよう。仮にお前が暴走しても、俺が止めてやる」
「狂犬の頭に言われるなら心強ぇよ」
 ふっと笑って了承したエイトに、クリスも頷く。これでこいつとの協力関係は確定した。後は、新人達と新たに加わったこのエイトに、イグムスについての説明をする必要がある。そうしないと……
「これでデミを助けられる」
 エイトが安心したように、その手を握り締めた。彼の手の中には最愛の女性が握られている。愛しいモノを見る目は、皆同じだ。薬の効果が切れているとは言っていても、彼の血に染まったような赤の瞳には、とても常人の色は感じ取れない。それでもその“最愛の女性”を見る時だけは、激しい赤の中に優しさを湛える。
「……すまないが、本当の意味でデミさんを助けることは……今は、出来ないだろうな」
「おい、どういうことだ? このマゾ女が話していた内容だと、あの洞窟にあったイグムスには『対象を繋ぎ合わせる力』があるんだろ? だったらデミの心と身体を繋ぎ合わせるなんて簡単だろ!?」
 エイトが苛立ったのか声を荒げる。クリスが言葉を選んでいると、あろうことかレイルがしびれを切らして割り込んで来た。
「イグムスが繋ぐのは表面上だけだぜ。肉体は混ぜ込んじまうが、そこに対象の心は残ってねえよ。あるのは混ざった神経の奥底までこびり付いた“欲望”だけだ」
 口元に浮かべるのはいつもの悪い笑み。しかしそのエメラルドグリーンに別の感情が浮かんでいることを、エイトも悟ったかもしれなかった。
「……そうかよ」
 まるで伝染でもしたかのように、エイトは俯いた。彼はきっと、気付いている。レイルの激情<雷撃>を一度受け、尚且つ生き残っている彼ならば。その身に流れる“欲望”に、誰よりも寄り添うことが出来るかもしれない。
「俺は“今は”と言ったはずだ。研究は継続中だ。神経の構築は確認されている。あとはいつも『思考するための部品』として抜き取られてしまう脳の問題を解決すれば、お前の望みも実現出来る」
 言い聞かせるように、強くエイトの肩に手を置いた。伏せられていた赤がクリスを見上げる。
 男性としては身長が低い。粗暴な言動や肉食獣のような瞳がなければ、年上にモテるタイプにも思える。
「お前の身は本部が保証するだろう。望みの結果が出るまでまだかかるだろうが、それでも希望がないことではない」
「さすがに今は、それしかねえか……わかった。オレは本部に……いや、お前に従う。その代わり、約束してくれ! 絶対にデミを生き返らせるってな」
 真っ直ぐ過ぎるその瞳からは目を逸らさず、背後で嗤う彼女への注意は後回しにする。
「ああ、約束だ。さあ、これからの方針が決まったところで、新人達に改めてイグムスについての説明をしても良いか?」
 彼女の視線が背中に刺さる感覚があった。
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