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第八章 歪な群れ


 洞窟内は明るかった。
 まだ昼の時刻ということもあるが、何より光源として設置されている魔石が所々でその光を零しているからだ。
「光の魔石は確か、その都度魔力を供給しなければいけなかったはず……」
「ま、間違いなくここの魔力の供給源はイグムスだろうな。魔力の塊と言っても人間取り込んで“学習”するような代物だ。『己の発展』には光が必要だって考えたんじゃねえの?」
「考えたって……取り込んだ頭で“思考”まで出来るってこと!?」
 ルツィアの声が洞窟内に響く。ここは名称こそ研究所となっているが、その内部の半分以上が天然の洞窟内の壁を利用して造られている。
 青の色合いが深いその壁の高い位置にある魔石からは、随分と淡い暖かみが零れる。
――イグムスの炎の魔力が零れているから、こんなに暖かい光なの? 人をあんなに無残に殺しているのに……
「高位なる魔力を持つモノは、その“存在”の枠に囚われないんだぜ?」
 前を歩く彼女の振り返らない深紅を見詰めて、ルツィアは返事の代わりにその答えを考える。
 彼女の言いたいことはわかる。高位なる魔力を持つモノ――人ならざるモノの代表格としてはドラゴン族や召喚獣等がいるが、その知性が高い由縁も莫大なる魔力からくるものだ。
――魔力が高いモノは生物としての優位性があると言うけれど、それでも無機物なんて……
 入り口のシャッターから入った一本道を歩く二人の足音が、必要以上に空間に響く。この洞窟はイグムスの研究のために造られたものなので、最深部にイグムス、その手前に計測器のかたまった部屋。そして今ルツィア達が歩いている通路しかないシンプルな構造だ。
 通路と言っても最深部まで電力や魔力を供給する配線等が敷かれているため、足元だけはごちゃごちゃしているし、なにより殺風景な壁に光る青色が異様に不気味に感じられる。色合いだけなら青の上に優しい光が零れていて、まるで冬のイルミネーションのようなのに。
「思考する、物質……」
「ま、正確には取り入れた者の思考をコピーした物質だ。思考回路が独自に進化することはねえよ」
「独自に?」
「さっきの例えだが、AとBを取り込んでも、その二人分の頭を混ぜて合計することは出来ねえんだ。あくまでAの頭で対処するか、Bの頭で対処するかを決めるだけ。区分けされた入れ物だと思えばわかりやすいか?」
「つまりイグムスからの進化は有り得ない、と……そういうこと?」
「ああ。これはおそらく、“先人”がそう仕組んだことだろうがな」
「大戦時代の、意思……」
 レイルの手が計測器のある部屋への扉に掛けられる。空間を仕切るためだけに設置されたこの扉は、ここから先の研究材料の姿を入り口から隠し、そのついでに機械類の熱を完全に遮断している。
「さぁ、ここから先にある気配は何だ?」
 レイルがまるで楽しいクイズでもするかのようにそう問い掛けて来た。扉に手を掛けたまま、ルツィアを振り返る。その深紅に一瞬隠された瞳は、何も笑っていないのに。
「……殺気」
「正解だ。数は?」
 レイルの言葉に素直に目を閉じ、その扉の奥の気配を探る。歩いている時から感じていた一際大きな気配は、この際考慮しないこととして……
「……四……体、かしら?」
 その“単位”を『人』と言うべきか『体』と言うべきか少し悩んでから、ルツィアは気配を感じた数を伝えた。その言葉に、深紅の下の口元が歪む。
「おいおい、これから私が“切る相手”は、間違いなく人間なんだぜ? 四体なんて言ってやるなよ。多少“足りない部分”はあるだろうが、皆生きてる人間だ」
 そうしねえと楽しくねえだろうがと続けるその口には、猟奇殺人鬼の笑みしか見えず。ぞくりと背筋に走った悪寒には――いや、気付きたくない。
――こんな女に、私は……
 思わず手に持つ弓を握り締めた。元より薄いブルーの色合いをしているセイレーンの弓に、洞窟内の青が染みわたるようだ。
 軍への合格祝いに親からプレゼントされたこの弓は、水流系の魔力と相性が良い素材で出来ている。流れる水の動きを表したようなデザインを多用するブランドの『セイレーン』の一品だが、大量生産されている比較的安価な物とは異なり、ルツィアが持つ弓は特注品だ。
 己の魔力を更に引き出しやすくするために、特に富裕層の子供程こういった『特注品』を好む傾向がある。武器の良し悪しで子供の命が守れるならと、親も金に糸目を付けないことが多い。
 軍学校にて決して己の命を守るものは『武器』の良し悪しだけではないということをルツィアは学んでいたが、それでも親からの愛情の証であるその弓が贈られた時は嬉しかったし、なにより女性が立ち上げたブランドであるセイレーンの商品自体を気に入っていた。
 東部出身者らしく水流系の魔法と、努力の結果なんとか素質有まで引き上げることが出来た治癒の力を持つルツィアに、セイレーンの武器は相性抜群なのだ。
 軍学校では一通りの武器の扱いを習い、そしてそこから適正のあるものを特化して訓練していくのだが、腕力は女性そのもの、魔力の才能においても平凡なルツィアは、遠距離からの支援を特化していくことになる。
 元より努力が嫌いではない真面目な性格なので、そこからの伸びは早かった。軍学校ではいつも褒められたし、特務部隊配属時のテストでも評価はそれなりだった。
 しかし配属後に見た特務部隊の戦闘能力――特に後方からの支援を担当するルークとロックの技術には、目を見張るものがあった。
 配属前から付き合っていたロックはまだしも、その立ち回り的に学ぶべき存在であろうルークの動きは、それこそルツィアの理想とするものだ。
 味方の背後から敵を追撃し、隙が生じれば魔術による支援も行う。訓練の際一度同行してくれたルークの動きを、ルツィアは一心に目に焼き付けた。もちろん、この目の前の深紅と共にだ。
 その深紅に仲間を疑う気配はなかった。それはもう、ずっと変わらず。
 彼女は――確かに訓練ではあった。それでもその銃口の前に背を晒し、自身の脇を通り過ぎる無数の弾丸にほんの少しの恐怖も抱かず、死角に振り下ろされる攻撃をその銃弾が弾くことを信じて疑わなかった。
――そんな女に、私は……
 最初は本当に、ただの嫉妬心だった。
 愛しいと初めて思えた男の心を――いや、多分そんな単純なものじゃないだろう。とにかくその男の本質とでも言うべきものを知っている女だ。悍ましい。目の前から消えて欲しい。それでなくば、せめて、私の方が上だと認めて欲しい。一番だと言って。愛していると言って欲しい。こいつの前で。この女の前で。
「ルツィア?」
 エメラルドグリーンが揺れる。目の前で。一番だと見せつけた女だ。愛していると言わせた、見せつけた女だ。壊れるような欲望をくれる、可愛いと言ってくれる女。愛しいと思えた、彼女は……何人目?
 手を掛けていた扉からその繊細な白い腕が離されて、そのままルツィアの額に押し付けられる。
「イグムスの魔力にでも中てられたか? まだ扉も開けてねえぞ」
 少しひんやりとした彼女の手が心地良い。心配そうな色合いが混じったその瞳に吸い寄せられるように、キスをしていた。
 突然のことにも驚きの声すら上げず、レイルはルツィアのキスを――不安を受け入れてくれる。
――あの人はしてくれない。でも、この人は、一番じゃない。だってわかりきってるもの……私の自業自得だから。
「貴女は、どこまで知っているの?」
 キスの続きのようにして、その小柄な身体にしがみつくようにして、ルツィアは愛しいエメラルドグリーンに問う。
 絶対に、絶対に真実は返ってこない。そうわかりきっているにも関わらず。
「お前が思ってる通りかもな」
 ニヤリと吊り上がった口元にもう一度唇を奪われて、やはり真実は返ってこないと痛感する。
 特務部隊からは、真実は返ってこないのだ。特務部隊とはそういう者達で、そう歪ませたのは過去<己>なのだ。
「気配からして扉を越えては来れないようだな。お前が落ち着くまで待ってやるよ。どうやらこの奥は、人の悪意に敏感らしい」
 そう言って頭を撫でてくれるレイルの手を受け入れながら、ルツィアは行き場を失って零れた涙を俯き流すのだった。
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