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第八章 歪な群れ


 流れる景色が砂嵐に遮られ始める頃。ようやくルツィアとレイルを乗せた車は、今回の任務の目的地である南部にある洞窟に辿り着いた。
 この洞窟は自然に出来たものだったが、それを元に数年前から地下を流れる魔力の脈を利用して、軍事関係の研究施設として機能している。
 南部といっても中央部に近い位置にあるため、この辺りの地盤はしっかりしている。表層部には砂漠地帯から運ばれてくる砂が目立つが、施設の基礎はしっかりと地中深く埋め込まれている。
 浅い洞窟内に魔力で燈した光石を設置しただけの入り口は、それでも白い光に満ちており、洞窟というイメージからは程遠い。青さの目立つ石の壁に包まれた施設への入り口、といった具合だ。さすがにドアのような扉はなく、代わりに大型のシャッターが設置されている。
 シャッターの前に車を停める。運転手はそのまま一言二言、施設から出て来た軍人に話してから、ルツィアとレイルが降りたのを確認し走り去った。非戦闘員の愛想が悪いのは、特務部隊の数少ない短所だろう。単純に忙しいだけなのだろうが。
 先程運転手に話し掛けていた軍人が、ルツィアとレイルの近くに歩み寄ってくる。この軍人のことをルツィアは知らなかったが、彼は何の躊躇もなくレイルに声を掛けて来た。
「南部での任務、お疲れ様でした。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。状況は?」
 普段のいい加減な態度なんてどこに行ったのか。呆気に取られているルツィアの前で、レイルは淡々と状況の確認を行っていく。
「この『イグムス洞窟研究所』の最深部にて研究中の『イグムス』が、数日前から暴走状態に陥っておりまして……ここは管轄こそ南部になりますが、この通り、首都からの監視の目等届きません。彼等も砂嵐に紛れての企みがあるようですが、それはこちらも同じことです」
「目視もレーダーも魔力による感知も困難だからな。首都の中だけでも砂嵐を無効化してるだけ褒めてやろうぜ」
「それもそうですね。とにかく本部の応援を送ってもらったのですが、施設内で全滅したようです」
「それってどういうことよ!?」
 思わず声に出してしまい、突き刺さる軍人の視線に耐え兼ねて下を向いてしまう。
 軍人の彼の説明では、この目の前の洞窟を利用した施設は本部の管轄ということになる。いくらその『イグムス』というものが暴走していると言っても、何故中で死体が出来上がる状況になるのだろうか。
――そもそも、イグムスって何よ……?
 目の前の軍人の男も、隣のレイルも、さも当然のようにその単語のことには触れなかった。特務部隊の彼女が知っていて、研究施設の中にある。そして新人の自分が知らないということは……
「イグムスって……軍用兵器か何かなんですか?」
 先程はつい声に出てしまっただけだ。ちゃんと冷静になろうと努める思考の元での発言は、ルツィアを優等生たらしめる。軍学校に転入する前に通っていた学校では、ルツィアは常にそう呼ばれていたのだから。
「……」
 レイルに対しては表情こそ崩さないものの、親し気に話していた男が、ルツィアをちらりと一瞥してから、意味ありげに彼女に目配せする。話しても良いのか? と、狂犬の判断を仰いでいるのだ。
「こいつはもう、フェンリル所属だ。問題ない。説明してやれ」
「了解しました」
 レイルの言葉に短くそう答えた男は、改めてルツィアの前にて軽く頭を下げる。
「これまでの態度については謝罪致します。どうか本日は、よろしくお願いします」
「い、いえ……こちらこそ、挨拶もせずに……すみませんでした」
 『フェンリル』に所属するということは、周囲からの畏怖の念を受け止めるということだ。猟奇殺人者ばかりの“精鋭”部隊に配属されるのは、一部の者からすれば気の毒でもあり、また別の一部の者からすれば羨ましくもある。
 どうやら彼は後者のようで、“危険な匂い”のしないルツィアのことを、認めるつもりはなかったらしい。形だけでも態度を軟化させたのは、隣のエメラルドグリーンの毒気にやられたか……
「イグムスについて、教えてください」
 隣でニヤつく口元は無視して、ルツィアも今度は頭を下げた。
「イグムスは現在本部にて研究中の魔法物質です。魔力のあるモノを無差別に『繋げる』力を持った物質で、巨大な炎を結晶化させたような見た目をしています。この洞窟には地下に、南部の砂漠地帯を構成する地と水の魔力が流れているのですが、それになんらかの力が加わって混ざり合ったのではないかと言われています」
「つまり、現在軍事利用されているイグムスは、元は自然発生したモノということですね」
「はい。南部攻略のための“導火線”を探っていた我々は、この洞窟内にてイグムスを発見。魔力を繋げる力を確認し、それから研究中ということになります」
「南部を攻略……それに、魔力と繋げる……」
 男の言葉にルツィアは、ただ反芻することしか出来なかった。
 本部がそこまで“本格的に”南部を攻撃する口実を模索しているとは思わなかった。確かに鬱陶しい砂嵐に身を隠した、それ以上に鬱陶しい勢力であるとは思う。黒い噂の絶えない本部も本部だが、南部の噂というものも、それなりにきな臭いものであるのは有名だ。“合成獣”や“人挿し”といった噂も、最近流れたばかりだったはず。
 それに、イグムスだ。
 魔力とは本来人それぞれに違う性質を持っている。それは属性とも言えるし、質とも言える。血液と同じく、血縁者でもない限りは、他者の魔力を混ぜる等したら激しい拒絶反応が起こってしまう。下手をすれば死に直結するその行為は、例え命を救うための実験であろうと、本部では禁止されているはずだった。
「おいおい優等生ちゃんよ、考え事はそれくらいで良いじゃねえか。内部の情報も、“敵”の情報もわかったんだ。入り口はこいつに任せて、さっさと行こうぜ」
「え……『敵』って?」
「おいおい聞いてなかったのか? イグムスは魔力を繋ぐ。そして中に入った本部の人間は全滅しているんだぜ? つーことはよ……」
 レイルの瞳に闇が落ちる。その口元は相変わらずの笑みを浮かべていたが、そこから言葉が流れる直前に、男が意識的にその目を逸らしたのを見た。
「“混ざり合った本部の軍人さん”達が、中で待ってくれてるはずだからよ」
 口には笑みを湛えたまま、開かれたシャッターに向かう背中は、“軍人”である二人が追うにはあまりにも、冷たく遠いものだった。
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