第八章 歪な群れ
今回の任務の目的地は、フェンリルが現在拠点としている本部の管轄内からは離れており、位置的には数日前に越えたばかりの南部の管轄内となっている。
当然のように国境を越えたこの車には、今回の任務が特務部隊としての初任務であるルツィアの他に、いけ好かない先輩である“あの”レイルが搭乗している。
ルツィアは一言で言うなら、レイルのことが大嫌いだ。それは愛しい恋人と四六時中いちゃついているという噂も事実も関係あるが、それよりも問題なのは、彼女の『目』だった。
いけ好かない。この言葉はなにも、ルツィアから見たレイルという人間への感想だけではないのだ。
レイルからもまた、ルツィアも同じように『いけ好かない』目で見られていると、そう自覚しているのだ。それは決して勘違いでも自意識過剰ということでもない。
ロックにさり気なく確認しても軽く流されてしまったので、ルツィアは仕方なくルークに対して“優しく、かつ好意的に映るように”して尋ねたのだ。
チーム内のことを聞くならば、友好的な関係を築くためにもクリスに聞きたかったのだが、あの凍てつくような視線があまりにも怖かったので、泣く泣く人の良さだけが取り柄のようなルークに話し掛けたのだった。本当に、仲間に対する鋭さではなかった。この『チーム』は、危険な目をした人間ばかりだ。
それに比べてルークは、ルツィアから見れば人当たりの良さそうな、穏やかな笑みを終始湛えた好青年である。表情だけでなく声音も穏やかに、彼は「あいつは真っ直ぐな奴だからなー。素直に言葉、受け取っとけよ」と笑って言った。
なんとも要領を得ないその返答に、ルツィアはそれ以上“踏み込む”ことを諦めた。彼の手が終始、愛銃へと添えられていることに、会話の途中で気付いたからだ。いつからその滑らかなグリップに手を伸ばしていたのかすら、ルツィアにはわからなかった。
「俺は女には興味ねーから、あんまりベタベタしないでくれよ。むしろレイルの方が、そっちの面では喜ぶからさ」
車に乗り込む直前に、まるで素晴らしいアドバイスだと言わんばかりにそう言われて、ルツィアはそれからレイルの方向に目を向けることが出来ていない。
当のレイルは上機嫌なのか、隣の席からは軽やかな鼻歌が聞こえてくる。軍用の車の後部座席に隣同士で座っているのに、二人の間には会話はおろか、お互いに視線を送ることすらしていない。
レイルからも、視線はないのだ。
「この愛のカタチは~ボクらだけのものだから~」
「……それって」
鼻歌の域を軽く超えたその歌の歌詞に、ルツィアは思わず反応してしまった。
その歌は確か、南部の伝説になぞらえた恋の歌だったはずだ。子供ですらも知っている、『二人の少年』の悲恋の歌。自身のコードネームもこの伝説からきていたから、興味が湧いて学んだのだった。
耳に心地良く響いていた、彼女の歌が止まる。認めたくはないが、彼女は歌声すらも見事だった。
「ん? これ、知ってるのか? まぁ、お前だったら……そうだよな……」
随分と控えめで、それでいて優しい声が返ってきて、しまったと目を泳がせていたルツィアも覚悟を決めて彼女に視線を向ける。
南部に向かう道中のためにまだ明るい青空をバックに、レイルは美しい赤髪を風にたなびかせながら、こちらを見て微笑んでいた。普段は悪い光ばかり宿すそのエメラルドグリーンの瞳が、惹き付けるような憂いを宿している。
――綺麗。本当に、この人は……綺麗。認めたくなんてないけれど……
ルツィアはプライドが高い性格をしていると、自分自身でも自覚している。生まれも育ちもお嬢様として恥ずかしくない教育を受けた。もちろんその教育には、軍属になるための訓練も入っている。おかげで文武両道の、両親からしても理想の娘が完成した。
弓の技術はたくさん褒められたし、流水系だけでなく治癒魔術の才能も認められている。己の力を最大限に引き出すために、セイレーンの高級品だって取り寄せた。軍学校の中でだって、ルツィアは最高の成績を修めたのだ。
それなのに……
この特務部隊は、本当に化け物のような強さをした人間ばかりだった。恋人のロック相手ですら、その真意を計りきれずに足が震えてしまいそうな怖気を感じることすらある。その笑顔が偽りであろうこと等、いくらルツィアが拙くてもわかってはいた。
――私だって……イイ女なのに……
学生時代の思い出がルツィアの脳裏を掠める。優等生クラスの男子に、密かに狙っていた数学教師、不良ながらも見た目は良い落ちこぼれクラスの男子に、それから……
「ルツィア……」
記憶の波に攫われ掛けたルツィアの心を、レイルの優しい声がやんわりと遮った。その瞳に見えるのは、優しさ<偽り>なのだろうか?
「体調でも悪いのか? いつもだったらもっと、キーキー私にキレてくるのによ?」
ケラケラと口では笑いながらも、その小さな手はルツィアの額にあてられている。身長はルツィアの方が高いので、手の大きさもレイルの方が小さい。
一瞬細められるエメラルドグリーンに、堪らなく色香を感じる。「熱はねーな」と頷くその笑みの完璧さに、無性に泣きたくなってしまう。
「なんでそんなに優しいのよ!?」
涙も混乱も罵声に代えて、ルツィアは目の前の彼女を睨み付けた。
――なんであんたはそんなに、余裕ぶってるのよ!? これじゃ、私が子供みたいじゃない!
「バーカ。これから任務で背中預ける相手なんだぜ? いつもみたいにキャンキャンやり合ってる場合じゃねえだろうが。私がヤるのは敵の兵士で、私が守るのはお前のココだ」
そう言いながらレイルはルツィアの左胸に手をあてて「こりゃ私好みの大きさだわー」と笑った。