第七章 蒼海の王
静まり返ったスラムの大通りを、一台の軍用車が猛スピードで通り過ぎる。
今、リチャードは数人の部下を従えて、自身の魔力を感じるポイントに向かっている。この車には残る魔力の少ないリチャードに代わって、特大の魔法弾を放てる大型銃器が積み込まれている。
顔を見ずとも対象がそこにいるのはわかっている。圧倒的火力で本拠地ごと吹き飛ばしてやるのだ。長期戦を避け、尚且つ相手に逃亡の隙を与えない。
「ポイントに到達したら、遠距離からぶち込んでやれ」
「はっ! ですが……スラムの民を人質に取られた場合はどう致しますか?」
部下が少し怪訝な顔をして聞いてきたので、リチャードは頭を抱えたくなった。
「……」
自分らしくないことぐらいわかっているのだ。しかし今は、状況と相手が普通ではない。ここであいつらを始末しておかないと、この国が血の海と化す。
「……あいつらに捕まった時点で死んでいる可能性が高い。呼びかけも、すれば逃亡の危険性が高まる。構わず撃て」
奥歯を噛み締めるようにそう絞り出すと、部下達も目を伏せた。一瞬の静寂の後、はっきりと了解の意が耳に入り、リチャードは小さく「こんな任務に同行させてすまなかった」と呟いた。
犠牲の上に成り立つ功績を考えると吐き気に襲われる。それを表情に出すことなく堪え、リチャードは目を瞑った。
今にも炎に焼かれ苦しむ人々の声が聞こえてきそうで、耳までも塞いでしまいたかった。
何もしない数分間というのは、本当に退屈なもので、銃の点検も終えたルークは、暇なので座り込んでいる敵達に話し掛けた。
「なんで軍隊が憎いんだ?」
自他共に認める爽やかな笑顔でそう問い掛けたが、敵の四人は動揺した目でこちらを見ただけだった。誰に話し掛けた訳ではなく、誰かが返事するだろうと思っていたのに当てが外れた。
「なんで反逆を?」
もう少し簡潔に、少し力を入れて言うと、リーダーらしき男が口を開いた。
「貧しいから。こんな国、ひっくり返したいから。それだけじゃダメなのか?」
ふて腐れたように話すその態度に、ルークは苦笑した。若者らしい、支離滅裂な理想論は嫌いではない。そんなルークの反応に気を悪くしたのか、男は睨みつけるようにして続けた。
「自分の利益の為に人が死んで良いなんて、ふざけた体制を変えたいんだ!!」
「……お前らも、同じことしてるってわかってるのか?」
目を見開いてこちらを見た男に、ルークはもう一度言う。
「自分にとって邪魔な人間を殺すんだろ? 今の政府と一緒じゃねーか」
「違う!! これは復讐だ! 人間は平等だ!! 政府や軍の奴らに、自分がされたことをやり返すんだ!!」
「なら、更にお前はやり返されるぜ? 連鎖にしかならねえことは止めとけって」
「煩い!! お前に俺達の何がわかる!?」
「わかんねーよ! スラムの人間の考えなんて!! でも……」
つい言い返した自分の言葉に、クリスとレイルが小さく反応したのをルークは背中で感じた。
一瞬で冷たくなった空気に、男の目にも動揺が走る。足音が近付いてくる。何故かは知らないが、涙が出そうだった。
「……でも、あんたは私らを理解しようとしてくれてる、だろ?」
小さな腕に後ろから抱き締められた。白く細い、折れそうな繊細な腕。拘束の痕が痛々しいが、もう光の魔力は感じなかった。
レイルに優しく抱き締められ、ルークは零れ落ちそうだった涙を拭うと、男に向かってきっぱりと言い切った。
「俺とお前達は違い過ぎる。邪魔な人間を殺す覚悟すらない奴らとは、一緒にされたくねえよ」
「なんだとっ!?」
『スラムの反政府グループの情報が入りました。奴らは近隣の民家から食料を強奪。更に強姦、暴力も日常的だったようです』
「聞いたかルーク? 志だけは大層な、弱い者イジメのプロらしいなぁ」
無線から女の声で報告が入る。その言葉にロックが、ライフルを弄びながら言った。弾は装填されたままで、敵の男の一人が情けない悲鳴を上げる。
「……やっぱり俺とは違うんだな」
「私らともちげーよ。安心しな」
「うん」
ルークはレイルに振り返り、その額に優しくキスを落とす。レイルはそれに甘い笑みを浮かべると、腕をそっとルークから離した。
ルークはリーダーの男に向き直る。
「最後に聞きたいんだけど、お前らの強姦って、やっぱり女だけ?」
ニヤリと笑いながらそう聞くと、四人の表情は一瞬にして凍り付いた。質問の意図を探るように、こちらをひたすらに凝視してくる。
「んー。同性が大好きな奴とかいないのかなって気になって。そうじゃないと、そこの女の子は楽しめなかったでしょ?」
唯一の女性を指差して笑うと、彼女はびくりと震えた。
「……彼女はそういう行為には参加していない。女が女を犯すものではない。第一、相手は腐りきった奴ばかりだ」
「言ってることが矛盾してる気がするけど?」
「ルーク! 何、回りくどいこと言ってんだよ!?」
レイルが焦れたように声を上げた。苛立った様子で女性の髪を掴んでその顔を無理矢理上げさせると、彼女の首元に舌を這わせる。
「私は女相手でも充分興奮するぜ? 本当なら手足ぶった切ってその指をぶち込んでやりたかったんだけどな」
レイルは爛々と輝く瞳で女性を見詰め、いやらしく笑う。
その瞳に捕まった女性は、小さく震えながら、それでも目を離せないでいた。それが彼女の危ない魅力の仕業であるのは、経験者のルークにはよくわかった。
今、あの女性の中では、身の凍る恐怖と、身体中を駆け抜ける快楽の気配がごちゃまぜになっているはずだ。
「……同じスラムの人間でも、自分達以外は腐りきったゴミと同じなのか?」
一歩引いた場所で成り行きを見守っていたヤートが、言葉を選ぶようにして聞いた。選んで、選んで……彼らの言葉を仕方なく復唱した、彼の言葉はそんな空気を孕んでいた。
「……」
自分の言葉の矛盾はわかっていたのだろう。完全に沈黙してしまった男を、ヤートはただ黙って見下ろしていた。
ルークはそんな彼が羨ましいとすら思えた。仲間達と同じようにスラムで生活していた。歪むことなく成長し、成功した彼に……そう。彼こそ、相応しい。
目の前の覚悟のない人間達よりは、よっぽど好感を覚える。
『光将が到着したようです! 気をつけて下さい!!』
無線から先程の女の声とは違う、若い男の声が響いた。
「わかった。協力に感謝する」
クリスは短く返事をすると、全員の顔を見渡した。ヤートにはまるでこれからのことを確認するような視線を送るクリスに、ルークはもう一度頷く。
鋭い風切り音が耳に入った。
一瞬後の爆発を瞬時に理解したルークは、爆風に備える。