第七章 蒼海の王
「……お前ら!! いきなり乗り込んできて! 何が目的なんだよ!? オレ達を殺すのか!? オレ達はこの国の被害者なのにっ!!」
「俺達の仲間は、お前らのレイプの被害者だ」
クリスは鋭く言い捨てると、刀を構えて男ににじり寄る。
「死ぬ前に教えてやる。強者と弱者は簡単に入れ代わる。お前達は確かに国の被害者だ。だが同時にレイルに対しては加害者だ。利権だけ得ようとする考えは、俺は嫌いだ」
「くそぉっ!!」
リーダーの男は雄叫びを上げて突撃してきた。腰からナイフを抜きながらクリスに切り掛かる。それを合図に、後ろで待機していた仲間達も一斉に襲い掛かってきた。
背後でルークが発砲した。
飛び掛かってきた四人が倒れ、後は七人。
囲まれた状態で、クリスは素早く辺りを見渡す。ルークの方に一人が走り込んでいる。彼もナイフは装備しているし、一対一の状況なら負けることはない。
問題は――
「……ふん。忠犬も聞いて驚く」
メインウェポンである羽根を無くした蜻蛉が、こちらに巨体を活かした体当たりを仕掛けてきていた。
「……爬虫類でも懐くんだな」
クリスは感心してそう呟いた後、ナイフで切り掛かってくる敵達を流しながら、突っ込んでくる蜻蛉を迎え撃った。
刀に全神経を集中する。刀の色合いが急激に赤く変化し、それに合わせてクリスの瞳の輝きも鋭くなる。
インパクトの瞬間、クリスはそれを一気に薙ぎ払った。真一文字に放たれた斬撃は、途中二人の敵の身体をも巻き込む。
胴が真っ二つになった巻き込まれただけの死体にクリスは興奮を覚えながら、蜻蛉の硬い表皮に深々と刀を食い込ませる。直前の生き血により切れ味の上がった妖刀が喜びに震える。
「ははは……」
自分のものとも、妖刀のものともつかぬ不気味な笑い声を響かせながら、クリスはほとんど動かなくなった蜻蛉の腹、足、背中に無数の斬撃を叩き込んでいく。特に楽しかったのは足で、人間なら二本で終わってしまう楽しみが三倍もあった。
クリスにとって、生きている相手を斬るのは最高の喜びの一つだ。最高の喜びには他に、人肉を喰らうこととセックスがあるが、この二つは生きている対象にはなかなか出来ない。
――趣味の過程で相手が死んでばかりだ。
最後は二つの複眼と額を掻き回すように刀を突き刺し、完全に生命活動を止める。絶命した巨体が倒れ、そこから緑色の血液が噴水のように吹き出ると、クリスは急にテンションが下がってしまった。
やはり血は赤に限る。
溜め息をつきながら周りを見渡すと、血の気の失せた顔で四人の敵がこちらを見ていた。最後の一人はルークがつまらなそうに首にナイフを突き立てているところだった。
生き残った四人は、言葉でも悲鳴でもない、出そこなったか弱い声を出しながら後退る。クリスが追い掛けようとした所で、背後に人の気配を感じた。
「リーダー!」
振り返るまでもなく、ロック、レイル、ヤートの三人がこちらに駆け寄ってきた。
壁まで追い詰められて尚、仲間の前に立つ敵のリーダーの男の表情に絶望の色が映る。
「……レイル。身体は、大丈夫か?」
「へーきへーき! まだ何もされてねえよ」
「そうか。だが、こいつらがお前を犯そうとしたのも事実だ」
クリスは冷たい視線で相手の姿を確認した。
見るからに貧しそうな服装の四人の中には、女性も一人いた。全員まだ若い、自分達とほとんど年齢も変わらないだろう。
クリスはゆっくりと刀を腰の鞘に戻すと、ロックに聞いた。
「レイルの拘束は?」
「この魔力の加減なら、あと少し、だな」
ロックはレイルの両腕を持って険しい顔をしながら言った。
「光将が来るまでの時間は?」
「まだ数分は掛かるだろう。作戦決行にはギリギリの時間配分だな」
ルークの問いにクリスは微笑を浮かべて返すと、震えを我慢しながら警戒した目でこちらを見てくる敵達を見据えた。
「お前達はこちらの作戦決行までは大人しくしていてもらおう」
「……光将が、ここに来るのか!?」
「そうだ。お前達が攫ったこの女には、光将の魔力反応が残っている」
「……なんだと!?」
「迂闊だったな。親に習わなかったか? 落ちているものは拾うなと」
「……オレ達をどうするつもりだ!?」
「善良な市民ならば、いくらでも使い道はある」
クリスはそう言って笑うと、特務部隊南部支部からの連絡を待った。クリスが睨みを効かせるだけで、四人は大人しくなった。本物の人殺しの殺気に、彼らは心の底から怯えていた。
無理もない。
反政府グループといっても、その中身はいろいろある。彼らは理想を口にしながらも、自分自身の手を汚すことを躊躇っていたのだろう。
先程の戦いの動きを見るだけでわかる。彼らは命を奪う覚悟すら出来ていない。
「座っていれば良い」
失禁でもされたら面倒なので、クリスは言い捨ててレイルに近寄った。
クリスが彼らに背を向けたところで、他のメンバーの目がある。クリスは光が薄まったレイルの腕を優しく撫でながら、連絡と、光の拘束が解けるのを待った。
誰も話さない空間は、時間の流れをやけに遅く感じさせた。