第二章 脱出、船
扉が開く音がして、ヤートは慌てて飛び起きた。一瞬ここがどこか混乱したが、すぐに自分が置かれた状況を思い出す。
――まさか、本当に寝てしまうとはな。
我ながら呆れる。自分はいったいどこまで、この集団に気を許してしまったのだろうか?
「そんな、飛び起きなくても良かったのによ」
ロックが二つの袋をテーブルに置きながら言う。車の上で話した時より態度が軟らかいのが気になった。
「これ、港で売ってたバーガー。チキンとチーズ、食えるか?」
「……どちらも好物だ」
「なら良かった。リーダーが『好き嫌いは無いのか?』って心配してたからな。あ、店ではちゃんと脅さず買ったから安心しろよ」
「……ああ。すまないが、あれから何時間経った?」
「三時間程度だ。もう辺りは真っ暗だから、これ食ったら寝てても良いぜ」
「気遣いは有り難いが、もう頭はすっきりしているよ」
「なら良かった」
そう言いながらも、ヤートはベッドに腰掛けたまま動かなかった。あまり食欲はないし、正直、この男は苦手だった。
ロックを見ると、彼はまだテーブルの横で静かにヤートを見ていた。おまけに、何故か懐かしい匂いが漂っている。
「なんだその匂いは?」
思い出そうとしても、遠い昔のことなど思い出せない。
――本当に、遠い昔か?
そこでヤートは気が付いた。遠い昔ではない。これは故郷の名産物の匂いだ。特産で採れ過ぎて、貧しい自分達の家でも食べることが出来た味だ。
「ん? 自分で解決出来たみたい“やなぁ”。隊長さん」
急に故郷の方言で話し始めたロックに、ヤートは面食らった。
「やっぱ使わなくなると、もう上手く言えねーな」
目の前で笑顔でそう続けるロック。切れ長な金色の瞳が、爛々と輝いている。獲物を見付けた、肉食動物の瞳。
「僕が南部の言葉知ってて不思議なんだろ?」
「……君達には何度も驚かされてる」
顔を背けて返すヤートに、ロックは笑いながら言った。
「そう言うなよ。僕もあんたと同じ国の出身なんだから」
ヤートはベッドに座り直す。ロックがベッドの前の床に胡座をかいて座り込んだからだ。
これは、話が長くなりそうだ。
「あんた、南部出身だろ?」
「ああ、首都のデザートローズだ」
「僕もそこの生まれだ」
大陸南部には広大な砂漠が広がっている。昔からそこには少数の民族が点在しており、広大な砂漠にそれなりの数の人間が生活していた。
そして約百五十年前、それらの民族を束ねた一大国家が誕生した。その国は砂漠に点在する民族を瞬く間に吸収し、ついには大陸でも有数の大国家にまで成長した。
しかし、沢山の考え方の違う民族が集まったことで、この国の内政は不安定だった。砂漠での貿易で裕福な暮らしをする一部の貴族や王族と、その他大勢の国民達との貧富の差が酷いのが原因だ。
時折大規模なクーデターやテロ行為があるのも、この国では日常茶飯事だった。貿易商人達からは『砂漠の花』と称されるオアシスも、内面の刺こそが目立つ国だった。
「僕はあの国の、貴族の息子だった」
「……俺とは大違いだ。俺はスラム街に住んでいたからな」
「話は最後まで聞けよ」
ロックはニヤリと笑う。ヤートにはその笑みが、冷たい自嘲に見えた。
「貴族様の、愛人の息子だった」