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第二章 脱出、船


 船室の一室――手前から二番目の部屋で、ルークとクリスはくつろいでいた。
 船の舵を行っているロックはまだ操舵室にいる。そろそろ自動運転に切り替えてくるだろう。
「チーズで良いか?」
 クリスが食料の山からパンの一つをルークに投げてよこした。
「どうも。リーダーはいつものトマトだろ?」
「赤色は、見ていたら興奮するんだ」
 クリスは赤色の袋に包まれたパンを手に取る。
「牛かよ?」
「……それは傷付くな」
 二人が手に取っているのは、昼前にロックが港で調達していた『バーガー』だ。
 やや太めのパンに、いろいろな食材が挟んである。軍用のパサつく携帯食料を覚悟していた二人にとって、新鮮な食材を使った柔らかいバーガーは、最高の贅沢に感じられた。
「たまにはロックも気が利くよなぁ」
「あいつが本当に欲しかったのはこれだろ?」
 ルークがチーズを挟んだバーガーを頬張る横で、クリスが呆れたようにそれを取り出した。細長い小さな袋に入ったそれは、毒々しいまでの赤一色だ。
「うっわ、それって唐辛子?」
 南部地方が原産の激辛スパイス。クリスが持つ袋の中身は、それらの頂点に立つという噂の代物だ。
「赤い食べ物が好きな俺も……これだけは理解出来ない」
「辛いの好きだもんな……あいつ」
 二人が遠い目をしていると、各船室に一つしかない扉が蹴り開けられた。元々がスライド式の扉なので、無理な力に硬い音を立てた。そんな扉には目もくれず、上機嫌なロックが鼻唄混じりに入ってくる。
「リーダー、船は自動運転に入ったぜ。僕のメシちょーだい」
 激辛ソースも忘れずに、と付け足しながら、ロックはクリスからチキンが挟まれたバーガーを受け取る。
「うめー! まさかあんな国の港に南部の食材があるとは思わなくてさ!!」
 勢い良く赤いソースが大量にかかったバーガーにかぶりつきながらロックが言った。
「食べ物じゃない。スパイスだ……やっぱり、酷い臭いだ」
 香辛料独特の臭いがロックから放たれて、クリスは眉をひそめる。ルークは、そんなやり取りを無視して黙々と三個目の袋に手を伸ばす。
「レイルの調子は?」
 早々に一個平らげ、ロックが真面目な顔でクリスに聞いた。クリスもまだ食べ掛けの袋を持ったまま、彼に向き直る。
「一応解毒は済ませた。後は安静にしておけば問題はない」
 船が港を出港して数時間が経っていた。
 ここの隣の部屋――デッキに上がる階段から一番近い手前の部屋だ――は死体置き場になっているため空気が悪い。逃走経路がバレないように、死体を海に投げ捨てることは出来ない。
 なのでルーク達は自然と、この部屋を船旅の中心にすることになった。
 大陸に着くまでまだ後一日は掛かる。一日分より少し多めの食料を部屋の四角いテーブルの上に積み上げ、各自の荷物は部屋の隅に置いてある。
 大量の銃弾と爆弾が無造作に転がっている。あまり広い部屋ではないので、もう少し整頓するべきだとクリスは思っていることだろう。言葉には出さないが、彼の考えていること等、鈍いと言われるルークにだってわかる。散らかっているこれらは全て、ルークとロックの荷物だ。
 クリスの荷物――その大半は救急用の医療キットが占めている――は、隣のレイルが寝ている部屋に置いてある。彼女の荷物もそちらに置いてある。
「レイルが大丈夫なら一安心だな。捕虜の方はどうなってるんだ?」
「静かなもんだ。多分寝てるんじゃないか?」
 ルークは五個目の袋に手を伸ばしながら言った。
「おいおい、隊長様が捕まって呑気に寝てるのかよ?」
「ロック、そう言ってやるな……魔力を大量に使う気を張る場面ばかりだったからな。本当はもう少し休ませてやりたかったが、食料も大事だ。そろそろ届けてやるか」
 クリスが立ち上がろうとするのを、ロックが止めた。
「リーダーがわざわざ行くことねーよ。僕が行ってくる」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「飯届けるついでにレイルの様子見てくる」
「……襲うなよ?」
「約束出来ねーな」
 そう言いながらニヤニヤ笑うロックの脛を、クリスは容赦無く蹴り飛ばした。
「激しい運動は解毒後の体調に影響するんだ!! 少しは抑えろ! 万年発情期がっ!!」
 蹲るロックを冷たく見下しながら、クリスはバーガーを頬張る。
「っつー……本気で入れるなよ……リーダー、マジでサディスティック」
「俺は相手のケツに爆弾をぶち込んだりはしない」
「……あれは、相手さんの恐怖の表情にそそられたっつーか……三日前の話なんていいだろ?」




 三日前の深夜、R2に侵入する為に貨物船に潜り込む前夜。ロックは「顔が気に入ったから」と言う理由で、港のホームレスを爆破した。
「人が食べてんだからケツの話は止めてくれ」
 しっしっと手を払う仕種をするルークに舌打ちしながら、ロックはバーガーを二袋持って扉に手を掛けた。最新式の扉は音もなく横にスライドする。
「ロック」
 クリスの低い声にロックは振り返った。
 大きな声を出している訳ではない。ただ、よく通る美しい低音には、人を支配する力がある。心地好い声に、ロックの表情は自然と綻んだ。
 自他共に認めるサディストのロックだが、たまに『支配されても良い』と感じる相手に出会う。ロックにとっての『支配』とは、セックスであり、それは純然とした愛情表現という名の破壊衝動だ。とにかく上の者に下の者がいたぶられる行為。
 クリスには壊されても構わないし、逆に壊したくて仕方がない。ヒヤリとする程鋭い視線に、快感を覚える。犯して殺すことを繰り返していた自分にとって、生かしたままいたぶりたいと思った相手は初めてだった。
「隊長さんの好みを聞いていないが大丈夫だろうか?」
 近距離戦最強で、本部ですら恐れる鬼と呼ばれる男。そんなリーダーは、時たま本当にくだらないことが気になることがあるようだ。
――やっぱり犯してー。
 心の声は言葉に出さずに、ロックは扉に向かいながら言った。
「大人なんだから好き嫌いなんてねーだろ」




 ロックが呆れたように出て行ったのを見届けて、ルークは七個目の袋に手を伸ばし――クリスの凍てつく視線を感じて手を引っ込めた。
「誰のせいでこれだけ食料が積み上げられていると思ってる?」
「あるだけ食べちゃうのが人間の心理って……」
「今か? この量を今、食べ尽くすのか?」
 くどいくらいに『今』を強調するクリスに、ルークは唇を尖らす。反論の余地はない。
「リーダー」
 つまらないので他の話題を話すことにする。食べ物のタワーから離れるように、ルークは椅子ごとクリスの近くに移動する。椅子に後ろ向きに座り、背もたれの上に顎を乗せて、簡易ベッドに腰掛けるクリスを見やる。
 今はジャケットを脱いでおり、白いシャツに黒のスラックス姿だ。ルークと同じ格好なのに、相変わらず美しい男だ。
「なんだ?」
 どうやら話題が食料のことでないとわかったからか、クリスの口調は優しく、口元には薄い笑みすら浮かんでいる。
「んー。なんでリーダーはあの隊長さんを気に入ってるんだ?」
 拗ねた口調で聞く。するとクリスは声を出して笑った。低い笑い声に、ルークまで表情を崩してしまう。
「妬いてるのか?」
 片手を伸ばしルークの頭をくしゃくしゃと撫でながら、クリスは事もなげに恥ずかしい言葉を口にした。二人っきりの時に甘いのは――お互い、職業柄仕方がないことだ。
「ばーか。あの隊長とヤれるのかよ?」
 こちらが質問に質問で返しても、余裕の笑みを浮かべているクリスに腹が立つ。
 普通なら自意識過剰な発言も、彼は軽々と言ってのける。フェンリルには自信家ばかりいるが、彼のそれは挑発的な残りの二人とは違う。
「正直放っておけない。ああいう真面目なタイプは追い込むとすぐに自殺する」
「リーダーがそんなこと言うの初めてだ」
「興味があるのは認める。でも安心しろ。俺は仲間以外とセックスしたいとは思わない」
「そう言ってて、俺とはしてくれねーじゃん」
「お前以外ともしてないよ、俺は」
 そう言ったクリスの瞳に冷たく暗い殺意を感じ、ルークは思わず彼から目を逸らした。
――リーダーは望んでる。
 あの色魔なロックとレイルですら、クリスには手を出さない。カニバリズムに溺れている彼は、性的な興奮を覚えると、そのまま相手を食い殺してしまう。
 ルークは声に出さずに想う。彼を超える強さが欲しい、と。自分より強い人間に抑えつけられる快感を、彼に与えたい。
――ロックのこと笑えないな。
 ルークは自嘲する。自分も、とんでもなくサディストだ。
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