眠り姫、春を知る。
君の名前教えて?
名字じゃない方、教えて?桃川夢子
全てのモブ系女子。
主軸のストーリーには一切かまない、悟が付き合ってるわけではないけと手を出した大勢の女の総称。
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逃げ道を塞がれて、相変わらず身体は上手く動かない。心臓がバクバクとうるさいくらいに脈打ち始める。視線の先に見えるドアは内側から鍵が掛けられている事を知っていた。
「幽結」
先生は私の耳の縁にぴったり唇を付けて名前を呼んだ。その少し甘い囁き声が身体に響いて思わずビクっと肩が揺れる。
「外で寝てて動けなくなってたら悪い奴が来てこんな風に捕まっちゃうかもね。」
先生の吐息が掛かる熱を帯びる耳とそれを感じ羞恥で熱くなる顔はどちらも赤くなっているに違いない。
ふふ、と意地悪そうな声で笑われふーっと息を吹き掛けられると堪えられず、上擦った声が漏れる。
「や…ぁ…」
ますます高まる羞恥心に目頭も熱くなる。熱くて苦しいのに脳が蕩けそうなくらい甘く痺れてる。
「僕はね、心配なんだ……だって君はこんなに甘い匂いをさせて、美味しそうだから。」
今度は首筋に顔を埋め、深呼吸をする先生。
すごく恥ずかしいのに嬉しくて、そう思ってしまう事がまた恥ずかしく、頭が混乱する。
「バ、ニラと…林檎とシナモン、の香りの香水使ってて。」だって先生は甘い物が好きだから、と言うと手首を掴んでいた手が手の甲をなぞり指を絡めとる。
「ふーん……僕のためなんだ?」
じゃあ一口くらい齧ってもいいよね、と耳元て囁いて先生は絡めとった私の右手を口元へ持っていき人差し指を口に含んだ。
「んっ…ぁ……」
生温かい口内と指に絡まる舌のざらりとした感触に思わず身を捩る。
羞恥心を煽るかのように音を立てて指を吸われても抵抗も出来ずにただ浅い息を繰り返した。驚くほど回らない頭と回りそうな目。堪えられず目を閉じると先生が人差し指の第二間接辺りに優しく歯を立てた。
「あっぁっあっぁっ」
先生はぱ、と口から指を離し、手を軽く私の口元に当てた。
「ゆっくり呼吸して。」
大丈夫、焦らなくていいから、と優しく言われて、呼吸を落ち着かせる事に努めると少しずつ楽になった。緊張の糸が切れたせいか、悲しくも辛くもないのに涙が零れ落ちた。
「ごめん、ちょっとやり過ぎた。」
でも大事だから分かって欲しかった、と言って先生は親指で頬に伝い落ちた涙を拭った。
私が頷くと、よしよし、と頭を撫でられる。
すっかりいつもの空気感に戻ってしまった事に安堵しながらも、何だか心の奥が疼くのを感じた。
「あ~でもこんな事バレたらクビなっちゃうかな~」
内緒ね、と先生は笑った。
いつの間にか動ける様になった私は先生と向かい合う形に座り直して言った。
「内緒にするから……キスしてほしい。」
自分でも何に言っているのだろうと思ったけれど、もう気持ちを誤魔化せなかった。こんな事になったのに、内緒の一言で今まで通りの二人に戻れないし、戻りたくない。
うーん、と少し首を傾けて先生は頭を掻く。
少しの沈黙の後で先生は自分の人差し指を自分の唇にくっ付けたあと、その指で私の唇に触れた。
「今はこれで許してよ、幽結」
「そんなの、ずるい。」
上手く逃げられた、と思って悔しくてまた泣きそうになっていると、先生はぎゅっと私を抱き締めた。
「幽結との事はそんな雑に済ませたくないし、傷付けたくないからゆっくり進めたいんだ。」ほんとはすぐにでも食べてしまいたいけどさ、と先生は囁く。
その甘い声にまたドキドキしてしまい、ぎゅっと先生を抱き締め返した。
これ今言うと言い訳みたいでダサいんだけどさ、と前置きして先生は言った。
「春って時々、人の情緒を狂わせるらしいよ。」
僕らが惹かれ合って、こんなところで抱き合ってるのも、ねと付け加えた。
「全部、春のせい?」
「かもね!」
あまりに明るく開き直る先生を見て思わず、笑ってしまう。
笑っている私の額に自分の額をくっ付けて先生は二人で狂ってしまおうか、と言った。
私は嬉しくてたまらなくて、頷きながら教師と生徒で既婚者と未成年な二人が犯すこの大罪がちっとも怖くないと思ってしまった。
きっと春に狂ったんだ。
[ 終わり ]