ポップコーン・キス・シネマ
君の名前教えて?
名字じゃない方、教えて?桃川夢子
全てのモブ系女子。
主軸のストーリーには一切かまない、悟が付き合ってるわけではないけと手を出した大勢の女の総称。
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悟さんはかっこいいし、余計な事を訊いて来ないし、束縛もしてこないし、奢ってくれるし、強いし、キスも上手いの。
でも、悔しいけど私の事はそれほど好きじゃないのは判ってる。
午後九時からのレイトショー。一番後ろのカップル席で見る青春ラブコメ映画が思いの外しょっぱい内容でまいったな~と思った。
となりを見ると悟さんは長い足を組んで、眠たげな目をしながらノールックでひたすらキャラメル味のポップコーンを取っては口に放り込んでいる。
あーやっぱ退屈ですよね、と思いつつ、白くて長い睫毛が上下に動くのを見てうっかりときめいてしまう。些細な仕草が綺麗すぎて息が止まりそうになる。本当に私と同じ人間なのかな?と会う度に思ってしまう。
こんな人に愛されてみたいなんて、私は身の程知らずの大馬鹿者だ。そんなことは分かってるし、叶わない事も知っている。
心に巣くうモヤモヤをなんとか追い払おうとコーラを飲み干す勢いでストローを吸う。
映画もそろそろ後半でシェアする予定だったポップコーンはほぼ彼が食べたけれど、そんな事はまったく気にならなかった。そもそも私は塩派なのだ。
ただデート代は全てあちら持ちで彼が甘党なのを知っていてキャラメル味を選んだ。
我ながら都合のいい女やってると思っているけれど何だかそれすら彼の前でなら心地よくて約束も保証も名すらない曖昧なこの関係に溺れている。
映画のヒロインと相手役は仲違いを解消し、筋書き通りに惹かれ合って、今正に甘いキスシーンが始まりかけているのを完全に白けた顔で見ていると彼の手がスッと伸びてきて私の右手を握った。
「夢子」
耳元で名前を呼ばれ、と頬が火照る。胸がドクドクとうるさいくらいに脈打ち始める。
ゆっくり彼の方に顔を向けると甘い匂いと唇に柔らかい感触が同時にやってきた。
彼は舌先で口に含んでポップコーンを私の口に押し入れ、そのままボール遊びでもするかの様に口内でポップコーンを転がした。
身体の奥が甘く疼く。頭の動きが急に鈍くなって何も考えられず、なされるがままそれを受け入れるしか出来ずにいる。
キャラメルのねっとりと絡みつくような甘さとポップコーンの香ばしさと舌と舌が触れあう時の独特の感触に翻弄され、ただ周囲に気付かれないようにかすかな吐息を漏らす事に終始した。
映画のキスシーンが終わるとこちらも何事もなかったように映画の方に向き直ったものの正直もう私は映画の内容なんて入ってこないし、それまでの内容も忘れてしまった。
まだ脳が甘く痺れてる。
そこから映画館を出るまでの記憶はほとんどない。
時刻は午後十一時半。私達は駅の改札前にいた。
「ごめんね。映画微妙だったよね……」
「なんで夢子が謝るの?映画作ったやつが悪いでしょ!」彼は全然内容覚えてないな~何だっけ?と笑った。
私も笑いながら、スキしたら記憶飛んじゃったんですけどーと言った。
だってこのまま知らない芸能人二人のキス見せつけられんの嫌だな、て思ってさと言って後ろから私を抱き締めた。
「君も退屈だったでしょ。」
私よりも二十センチ以上も背か高く、筋肉質な身体に抱き締められると私の理性も自制心も簡単に役に立たなくなる。
こんな実にならない関係は早くやめなきゃ、と思うのに。
私はそうだね、と頷いてスマホで時刻を確認した。
「電車来ちゃう。」
「ねぇ、今夜泊めてよ。」
子供が母親にお菓子でもねだるような甘えた声で彼は言った。
ねぇ、知ってるよ、悟さん。待ち合わせの時に電話してた人、奥さんじゃないよね?
スマホのロック画面にしてる学生服で眠るあの子は受け持ちの生徒さんだよね?
この前、貸してくれたハンカチはCHANELの香水のいい匂いかしたっけね?
ナシよりのナシでしょ、こんな男。
判ってる。
「えー……しよーがないな~。」
ヘラヘラと笑うと彼はありがと、と言って軽くキスをしてきた。
私は今、完全に詰んでいる。
心はぎゅーっと痛むのに身体の奥が甘く疼いている。
終わり