黒百合
君の名前教えて?
名字じゃない方、教えて?桃川夢子
全てのモブ系女子。
主軸のストーリーには一切かまない、悟が付き合ってるわけではないけと手を出した大勢の女の総称。
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さてどうしたものか、と考えながら駅へ向かって歩く。
「かーのじょー、1人?」
能天気の塊の声が背後から聞こえ、不愉快な気分になる。振り向かなくても分かる。ナンパというやつだ。
「もう帰るんで~。」わざとダルそうに答えると相手は腕を掴んで来た。
放して、と振り払おうにも思ったより強く掴まれていて出来ない。
「いいじゃん!まだ明るしさ~もっと遊んで行こうよ~」茶髪でやたらじゃらじゃらと長めのピアスをたくさん付けているその男は私の腕を引っ張った。
「行かないし!やめて」
何とか踏みと留まっているけれど、痛いし、気持ち悪いし、怖い。
頭の中にふと、つい先月までいつも一緒にいた友人の顔が浮かぶ。ナンパされるといつも百合女のふりして助けてくれる子だった。ショートカットでジーンズの似合う明るくて元気な南はいつも私を助けてくれた。
もう高専に帰っても彼女に会えないという当然の事実が今さら私の心を串刺しにした。
涙が出そうなのを必死に堪えて抵抗を続けてると横から伸びてきた手が男の腕を捻り上げた。
「気安く俺の女に触るなよ。」
強い怒気を含んだ悟の声が耳に届いて顔を上げると、男は震えながら、一言、二言捨て台詞みたいなものを吐きながら雑踏の中に消えていった。
それを確認してから悟は私の前に立つ。彼と目が合うと涙か溢れて頬を伝い落ちた。
「何?びびって泣いてんの?」
笑いながら意地悪を言われても言い返せず、次から次へと涙が溢れてきて止められない。俯いて涙を拭う。
「そんなに怖いなら、俺から離れんなよ。」
いや、そーじゃないか、そう言って彼は私を抱き寄せた。
「世衣、ごめん。」
俺が世衣を一人にしたからだ、と言ってぎゅっと私の身体を抱き締める。
彼の大きな身体はいとも簡単に私を包み込んでしまう。こんなにも自分が弱く小さいと分からされてしまうのが怖いと思った。何も言えなくなっちゃいそうで。
しっかりしないとダメだと自分と言い聞かせる。
「悟、ありがと!やっぱ、かっこいいや」
「だろ?」
見えてなくても、自信が溢れて落ちそうな、いつもの顔で彼が笑っている事が容易に想像出来る。本当に分かりやすい奴、とちょっと笑う。
そのあとは、仲良く手を繋いで下らない話をしながら笑い合いながら高専まで帰った。
寮の前で別れる時になってやっぱりプリクラほしいと言うので変顔のやつを携帯電話の手で隠れそうな位置に貼ってあげた。
「いーじゃん!ウケる」
見せながら笑うと、ん~と微妙な顔をしていたが、やがて諦めたような顔でまーいっかと笑った。
今普通のカップルっぽくていい、と思いながら、でも、私は悟を騙してるんだ、と考えて少し胸が苦しくなっている事に気が付いた。気付きたくなんてなかった。
「じゃあそろそろ行くね!」
誤魔化すように明るく笑って、手を振ると彼は急にまた私を抱き締めてきて、キスしていい?と耳元で囁いてきた。
「今じゃなきゃ、駄目?」
苦い罪悪感と甘い期待に板挟みで心は今にも潰れてしまいそうなのにそれを隠さなきゃいけないというのはなかなかに辛い。
そもそも私は期待しちゃいけないのに。
そっと彼の顔が近づいて来て額と額と目と目が合う。プリ機の前でやったのとほぼ同じ態勢なのに全然違う顔をしていて、サングラス越しじゃない綺麗な青い目に見つめられて鼓動が早くなる。
唇の距離は五センチも離れてないのにそれを強引に詰めようとはしない。
数秒黙っていただけなのに数分経ったかのような気がした。
「俺、ずっと我慢してたから……もう待てない。」いつもより少し低いその声は何処か寂しげに聞こえた。
「そんな風に言われたら……ダメって言えないよ……」
そんな目で見ないでよ、悟。私の方が悪いみたいじゃん。ずるいよ、こんなの。
堪えられなくてぎゅっと目を閉じると、すぐに生温かくて柔らかいものが唇に優しく触れた。すぐに離れたと思えば、下唇を啄むようにちゅっと吸われる。
微かにメロンソーダの香りがした。
つづく