梅が咲いて恋に落ちた日
君の名前教えて?
名字じゃない方、教えて?桃川夢子
全てのモブ系女子。
主軸のストーリーには一切かまない、悟が付き合ってるわけではないけと手を出した大勢の女の総称。
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「月白さんようこそ、東京へ」
黒いベンツの運転席の窓が開いて、人が良さそうで眼鏡を掛けたスーツの男性が顔を覗かせた。福岡でも五条先生の乗る車を運転していた人だ。
「……伊地知さん、でしたよね?宜しくお願い致します!」
挨拶を済ませた後でトランクに荷物を入れてもらい、ようやく手ぶらになって伸びをして頭上を見上げると青空が見えた。
青は先生の目の色を連想させる。先生の目を初めて見たのも伊地知さんが運転する車の中だったな、と思い出した。
依頼をこなした後、車で当時お世話になっていた奈木野先生宅まで送ってもらう道中の車内で包帯を目元に巻いているのにしっかり見えている様子の先生を不思議がっていた私に包帯を解いて見せてくれた。
空にも南国の海にもアクアマリンにも似た綺麗な水色の瞳に見惚れてしまってぼんやりしてたらじわじわと距離が詰まっているのになかなか気付かず、危うく接触事故を起こすところだった。いや、からかわれただけでそうはならないはずではあるけれど。
ごめん、間違えてキスしちゃうところだったなんて悪戯っ子みたいな笑顔で言われてひどく動揺してすごく恥ずかしかった。
「幽結、なーにしてんの?」
私の頭上からひょこっと先生の顔が現れた。
「先生の目を見せてもらった事、思い出してました。」
「あーキスし損ねたやつね!」やっぱしとけばよかったって?、とまた私をからかう。
「もー教師クビになっても知りませんよ。」
「いいもーん、いざとなったら金と権力で揉み消しちゃうもんね~。」
「わぁ……絵に描いた様なおクズ様だぁ!」
生徒と先生の会話というより漫才の掛け合いのような会話に思わす吹き出してしまう。
先生もつられた様に笑う。また胸の奥が少し温かくなる。
笑い合ったその後、先生は優しい声でそろそろ行こっか?と言った。
私は笑顔のままで、はいと返事をした。
車内で学校についての説明や、同じクラスになる秤さんと星さんの話、今の呪術界全体の話、東京暮らしで役立つ話を先生と伊地知さんが話してくれた。が、いつの間にか私はいつの間にか眠ってしまっていようで気付いた時には寮の前に着いていた。
「幽結、おーきーて!着いたよ。」
ポンポンと額を軽く叩かれて起きた私は、自分が今何を枕に寝ていたか気付いて、心臓が跳ね上がるくらい驚いた。
「ごごご、ごめんなさい!先生、わわ、私何でこんな事に?」すぐに身体を起こして、テンパりながらも謝罪する私の小さな頭を大きな手のひらが撫でた。
「いーよ!疲れてたんでしょ。」でも僕以外の男の前でやっちゃダメだよ、危ないから、と少しいつもより低い声で先生が言った。
「はい……気を付けます。」
何だかドキドキしてしまって、先生の顔が見れない私は目を伏せる。
今、私どんな顔してるんだろう。このドキドキはテンパってるせいじゃないのは分かっている。どうか先生にバレてませんように。
伊地知さんにお礼言ってから荷物を寮の部屋に運び入れる。大きめのショルダーバッグとキャスター付きのトランクと梅の枝。先生は梅の枝を私に持たせ、残りの荷物を持って鍵を開けに行ってくれた。
少し遅れて到着すると部屋の真ん中に座っていた先生がおいで、と手招きをしているのが見えた。
今からここに住む私より寛いでいる様子に苦笑しながら、部屋に入る。
今日からここが我が家だ。意外と綺麗で備え付けの家具で充分やっていけそうに見えた。
先生の向かい側に梅の枝を抱えたまま腰を下ろす。
「これで終わりだよね?」
「終わりました。」
今日は有り難う御座いました、とやや深めのお辞儀をする。
「どういたしまして。」
君って真面目だね、と先生は笑った。先生はちょっと面白過ぎですよ、私も笑う。
笑えるくらいが丁度いいんだって、日常なんてと先生は言った。そうかも、と軽く私が頷くと、先生は私が抱えてる梅の枝に触れた。
「これ、呪具だよね?」
「あー、まぁ……そうですね。」
これは月白本家の庭にあった梅の木の枝で本家のお婆様の呪力で開花した梅が今も咲いている。ただこれ自体に攻撃力も防御力もなく、お守り程度の効果しかない。そう説明すると先生はまだ開く気配のない梅の蕾を指で軽くつついた。
「へぇ、珍しいもの持ってるなぁって気になってたんだけど、そうなんだ。」
「お婆様が呪霊が怖い感じる時、鍛練が辛い時は枝に呪力を込めるようにと、そうすれば菅原道真様がきっと守って下さると言われて毎日少しずつ呪力を込めています。」
この枝の蕾が全部開いたら、今辛いと思う事も怖いと思う事も越えて行けるような気がしているんですけどね、とため息混じりにそう言うと、先生は思案するような仕草を見せた。何だろう?と首を傾げると、枝を貸して欲しいと言われたので、渡した。
「よく見ててよ。」
先生は枝の一番太い所を握って私の目の高さあたりに掲げて見せた。
私は素直に頷いて枝を注意深く見る。一体何が始まるのかまるで検討も付かない。
「よっと!」
先生の掛け声と共にパッと全ての梅の蕾が開いた。まるで一発芸でも見せるようなノリで咲かないと思っていた花を咲かせたのだ。理解が追い付かない。
「咲いちゃった~」
驚いてフリーズしている私を前に、まるで満点だったテストを自慢する子供の様な無邪気で得意げな様子の先生。
やや間があって漸く理解が追い付いた頃、私は床に伏して笑っていた。
何がどう面白いのかを説明する事は難しい。ただ目の前で起こったトンチンカンな出来事が私の笑いのツボを強く刺激してしまっているみたいだった。
「何かツボに入っちゃったみたいだね~」
「だ、だってずごいのに…芸人の、一発芸ノリで……見せる、から……意味分かんな、過ぎて面白…」笑いを堪えて震えながら過呼吸気味に浅い呼吸を繰り返す私の手首を先生が引っ張ってくれて私は座り直した。
深呼吸の後で笑い過ぎて出た涙を拭いながらもう大丈夫ですよ、と言うと先生はスッと顔を近づけて、良かったと言った。
「初めて幽結に会ったさ、今にも死にそうな顔してるなって思ったんだ。」でもそんだけ笑えるなら暫くは大丈夫そうだね、と先生は微笑んだ。
「もしかして、わざと笑わせようとしてたんですか?」
「いーや、僕はそんな気のきいた事が出来る様な男じゃないよ。」ただちゃんと楽しそうにしてるか観察してただけさ、と先生は言った。
「そんなに心配させてたなんて……」
「生徒の心配をするのも教師の仕事なの。」
だから好きなだけ頼ってよ、と先生は言ってくれた。すごく嬉しいはずなのに、胸の奥深い所がじんわり痛む。
電気を付けてない午後四時の室内は少し薄暗い。そんな中で二人きりこんなに近くで向かい合っているのに、先生が何処か遠くに感じてしまう。でもこんな気持ちになってしまう事を知られてしまうのが怖いと思った。
「……先生、四時ですけど、お時間大丈夫ですか?」
あぁもうそんな時間か、と先生は私の手首をゆっくり離して立ち上がった。
「じゃあ、また明日高専で!」
「はい、また明日。」
手を振り合って別れた後で先生が握ってた右手首が少し熱い気がして、また少しドキドキした。
終わり