第九章 感情の欠片は追憶の中に

【追憶の四 貴方の為に】




あの時、初めて涙を流した。


屹度、あの時、あの瞬間に


––––––––––私の感情の蓋は開いたのかもしれない。








____6年前の追憶____



「ご苦労だったね、中也君」


手を組んで微笑む首領。真意の読めない細められた瞳が無意識に俺の背筋を伸ばさせ、体中に緊張を走らせた。


「君とルナちゃんのおかげで危険な異能者を排除でき、これで異能特務課にも一つ貸しが出来た訳だ」


蜘蛛の糸を操る異能力犯罪者の排除。それに異能特務課が一枚噛んでいたのは驚きだったが、何はともあれ任務を遂行できた事は喜ばしいと思っている。


「今回の任務でルナちゃんに対する部下の疑いの念も晴れたしねぇ」


首領の云う通りルナが仲間を殺したとの噂はちゃんと誤解が解けた。何故なら、五人の部下はもうあの時既に死んでいたからだ。蜘蛛の糸で死体を操る。それが奴の能力の一部。それなら、ルナは部下を殺した事にならないと誰もが納得した。しかし、ルナへの疑いが晴れても、ルナへの恐怖心が消える事はなかった事も事実。


「本当に君を同行させてよかったよ」

「いえ、俺は何も…」


称賛の言葉を貰っても俺の心はどうも晴れない。その原因は判っている。判っているから、こうして今、首領の前に立っているのだ。そして、首領も判っている筈だ。


一つ息を吐き出した首領の雰囲気が変わった事がわかった。帽子を胸に当てたまま首領を見据え、首領が口を開くのを待つ。


「君の報告書の偽装も素晴らしかった」


室内の温度が下がった気がした。


俺は報告書に全てを書いていない。だが、それは正解だったと思っている。ありのままを書けば恐らくその報告書の内容は組織内に知られる前に首領が隠滅していただろう。


「中也君」


俺が書かなかったのは、菊池ルナの最大の秘密の証拠となり得る事実。


「君はルナちゃんの事をどこまで知ったのかね?」


無意識に帽子を持つ手に力が入った。脳裏にルナのあの言葉が蘇る。



『–––––––イヴは私の異能力じゃないから』



俺は意を決して首領に俺が知った全てを話した。ルナの右目や髪の事、そして、イヴがルナの異能力でない事を。


首領は俺が話す間、何一つと口を挟まなかった。だが、俺が云い終えると首領は真剣な表情で俺を見据える。


「もう判っているとは思うが、それは無闇に知って良いものではない。五大幹部さえ知らない機密事項。私の許可なく知った者は口封じの為、殺さなくてはならない」


怜悧な瞳で首領はそう云った。


「あの子だってそれを秘匿する意味を理解していた。しかし、あの子は自ら君に話した。だから、君を処罰する心算はないよ」


俺には判らねぇ。如何して彼奴が俺に話したのか。首領は知っているのだろうか。幾多もの疑問が残るだけ。


だが、一つだけ判るのはこれ以上の詮索はしない方がいいと云う事。


「この事は君の胸の内だけに留めていて欲しい。いいね?」

「はい」


頭を下げて、踵を返す。そして、俺は重い扉を超えて、首領執務室を後にした。




***




静まりかえった部屋で森は中也が去っていった扉を見据える。そして、一つ感情の定まらない溜息を溢して、微笑を浮かべた。


「すまないね、中也君。だが、君にはまだ教えられないのだよ。–––––––––あの子の全てを」



いつか、そんな日が来るのだろうか。


菊池ルナの全てを知り、彼女を受け入れられるそんな存在に彼はなれるのだろうか。


道具としてではなく。
利益の為ではなく。
ただ彼女を心から大切に____。



「私には、終ぞ出来なかった事を。彼なら……」




淡い洋燈が灯る部屋。


どこか寂しげなその声を空気に溶かした。





***



ポートマフィア拠点のロビー。


そこに設置された台の上にルナは腰掛けていた。


何故、ルナがこんな処に一人でいるのか。その理由は数時間前にある人物から連絡があったからだ。


〝 入り口まで迎えに来い。 〟


たったそれだけの訳の分からない命令を出したのは一ヶ月間遠方に出張に行っていた太宰だった。その彼が今日、長期任務を終えて帰ってくるのだと云う。


もうかれこれ二時間以上この場でジッと座っているルナを通りがかりの構成員が怪訝な視線を向ける事十数回。


漸く、ルナは視線を前方に動かし、帰ってきた太宰に目を向けた。


「はあ、疲れた。重要な長期任務とか云って、退屈な仕事ばかりだったじゃないか。あとで森さんに文句云わなくちゃ」


大きな溜息を吐きながら太宰は不機嫌そうにそう云った。そんな太宰を無表情に見つめるルナ。太宰は背の低いルナに視線を落として、更に顔を顰める。


「ねぇ、君。お出迎えの意味判ってる?折角、私が帰ってきたのだから何か云いなよ」

『……。』

「ま、如何でもいいけど」


何も喋らないルナから視線を逸らして歩き出した太宰。その後をルナは無言で付いていく。長い長い廊下を会話なしに歩く度、靴音がやけに大きく辺りに響いた。



ふと、太宰は後ろに付いてきているルナを見遣る。いつもと変わらない表情で下を向いて歩いているルナ。


だが、いつもと違うものが一つ。


太宰は歩みを止めてルナの目の前に立つ。そして、同様に足を止めて見上げてきたルナの首に巻かれているそれを力任せに掴んで引き寄せた。


「これ、何だい?」


こんな物、着けていなかった筈だ。寒い冬を防ぐための物。だが、室内でそれは必要ない。なのに何故、大事そうにそれを首に巻いているのか。そして、それは太宰には見覚えがある物だった。


「このマフラー、中也のだよね。何故、君があの蛞蝓の物を着けている訳?」


鋭利な瞳でそれを掴み上げる太宰の手に力が入る。身長差もあり地面から微かに上がる足。マフラーが一瞬、それに耐えられずにぶちっと厭な音を立てた。ルナは微かに瞳を揺らして、太宰の手を掴む。


『……離し、て』


それは抵抗の言葉だった。


初めてルナの口から出たその言葉に太宰は目を見開く。そして、同時に怒りや悲しみといった感情から遠くかけ離れた形容し難い黒い何かが沸沸と湧くのを感じた。


太宰はそのマフラーを掴んだまま近くにあった無人の部屋の中にルナを無理矢理押し込み、投げ捨てるようにマフラーから手を離した。そして、そのままルナの晒された細い首を両手で掴む。


「私に逆らうのかい?ルナ。心がない人形の分際で烏滸がましいな」


底の見えない暗い暗い瞳。

凍てつくような冷たさを含みながら何も感じないそんな瞳がルナを捉えて離さなかった。



ギリギリと首が締め付けられる。酸素が上手く喉を通らず、呼吸が浅くなった。だが、ルナは抵抗しなかった。マフラーが破れそうになった時に見せた抵抗を見せなかった。それが、余計に太宰を苛つかせるとも知らずに。


「もう、先刻みたいな抵抗はしないのかい?普通の人間なら死が迫った時、みっともなく抵抗するものだよ。だが、君は生への執着がまるでない」


手に強い力を込め、空虚なオッドアイの瞳を見下ろした太宰は続ける。


「だのに、中也から貰った物が壊されそうになったら抵抗を見せるのだね。けど、そんなものに何の意味がある?確かに彼は君にこんな非道い事をしないだろう。彼はマフィアでありながら“正しさ”を持つ男だ。感情のない君に優しくし、人間と同じように扱う」


ルナは、マフラーをくれた時の中也の顔を思い出す。

否、それだけではない。

出逢った時から、中也は温かい手をしていた。


中也は、優しく抱き締めてくれる。



いつも、中也は______、



「だけど、勘違いするな。この世の誰一人として君が生きる事を望む者なんていやしない。中也だって例外じゃないさ。君自身が望まない君の価値を一体誰が望む?
––––––––生きている証さえ持てない人形なんかに」


太宰の手がゆっくりと首から離れていく。


動けなかった。まるで、人形のように指の先すら動かせなかった。



太宰が冷たい冷たい瞳を向けながら部屋を出て行くまで、ルナは動かなかった。



一人残された暗い部屋の中。



背中に床の冷たさを感じながらルナは漸くゆっくりと起き上がる。そして、締められていた首に触れた。




–––––––––生きている証さえ持てない人形なんかに




『生ている、証…』



くっきりと首に残った痕が酷く痛んだ。






***



冬夜の空気は肌を刺すように冷たい。


中也は一人、屋上の柵に肘を乗せて遠くで凪ぐ海を茫然と見据えていた。


何故、こんな寒い場所にいるのかと訊かれると明確な答えは浮かばなかったが、多分冷たい風に当たりたかったのだと思う。ただ、それだけだった。



どのくらい時間が経ったかは判らないが、体の冷えを見る限りそれなりの時間はいただろう。中也は寒さに身震いしてそろそろ戻るかと白い息を吐き出した。


その時、後ろから扉が開く音が聞こえた。中也が振り返った先、扉の前に小さな人影が気配もなく立っている。


それはルナだった。


中也は少し驚きながらルナに声を掛ける。


「ルナじゃねか。此処に何か用でもあんのか?」

『……。』

「まさか此処で寝る為、とかじゃねぇよなァ流石に。こんな寒みぃ場所で寝たら風邪ひくぜ」


以前、此処で寝ていたルナを思い出してまさかなと苦笑する中也。自分に用って訳じゃないと思った中也だったが、ルナにとってそれは違った。


『ねぇ、中也』


ルナは中也を探していた。そして、此処に来たのだ。ゆっくりと中也の側まで歩み寄る。だが、一歩という距離で歩みを止めて中也をオッドアイの瞳で見つめるルナ。その瞳が夜の闇よりも暗く濁っている。それは月が雲に隠れている所為なのかは判らない。ただ中也はそんな空虚な瞳を見据え、次の言葉を待った。


『生きている証って如何やったら持てるの?』


突拍子もないその問いに中也はその意味が理解できず顔を顰める。


「あ?突然、何云ってんだ手前」

『今日、四人殺してきた』


二人の間に夜風が吹き抜ける。冷え切ったその風が体に残る温度を全て攫うように肌を刺した。


『任務は裏切り者とその家族を殺すことだった。子供が2人いた。父親が殺されたのを見て、泣いていたの。もう死んでるそれに縋り付いて泣き叫んでいたの。死体に何を云っても意味ないのに。でも、それがまるで____』


いつもよりよく喋るルナに中也が違和感を覚えていた事は確かだった。前髪に隠れて表情は見えない。無機質な声は温度を感じられない。


『まるで、今迄その男が生きていた事を証明しているみたいだった』


だが、その言葉は微かに震えているように感じた。冷たい風の音で震えたように聞こえただけかもしれないが、中也にはそう聞こえたのだ。


何故ルナがそんな話をしたのか判らなかった。滅多に会話をしないルナが一方的に喋る様に驚きながらもその会話をもう終わらせたいと思った。それは胸騒ぎがしたからだ。


『如何して?如何してあの男にはそれがあったの?泣いてくれる人がいたから?』

「何訳判んねぇ話ししてんだ。ンな事より、早く戻るぞ」


そのざわざわとした胸騒ぎに促されるように強制的に話を終わらそうと中也はルナの横を通り過ぎて扉に向かった。


何がそんなに胸を騒つかせるのか。それに反して、いつの間にか周りの音が聞こえなくなっていた。全ての音を隔絶したような静寂はまるで嵐の前の静けさのように穏やかで、迚も不気味だった。



–––––––––カツン……、



その時、静寂の中に一つ木霊した音。



その音に振り返り、中也は目を見張った。


毛先だけが白銀に染まった水浅葱色の髪。それが夜空に架かる天の川のようにキラキラと幻想的に靡く。



ルナは柵の上に立っていた。


「おい何する心算だ」

『私には何もないの。誰を殺しても何も感じない。だからあの人の云う通り、私は生きる価値も、生きる理由も、何にもない空っぽのお人形』


少しでも体を傾かせれば真っ逆さまに落ちてしまう。高層ビルの屋上である此処から飛び降りれば普通の人間なら簡単に死ぬ高さだ。


それでも、ルナの瞳には恐怖も不安も何もなかった。ただ空虚なオッドアイの瞳が静かに中也を見下ろしているだけ。


『でも、そんな私でも……』





この世の誰一人として君が生きる事を望む者なんていやしない。





『生きている証を残せるかもしれない』



たとえあの人の云う通りだとしても



『だから、中也が証明してみせて。私が死んで、中也が泣いてくれたのなら、私は私に生きている証があったと証明できるから』



––––––––––中也にだけは…。



「やめろルナ!」



中也はルナへと手を伸ばした。


しかし、ルナの体はそのまま吸い込まれるように下へ下へと落ちて行く。何十階にも及ぶ高層ビルの屋上から。この高さからの死は避けられない。


中也は柵を乗り越え飛び降りる。
奈落の底に落ちていくルナの元へ。


中也はルナに向かって必死に手を伸ばすがその手は空を掴むばかりで届かない。このままでは間に合わなくなる。


「くそッ!」


このまま死ぬ心算なのか。ルナならイヴを呼んで落下を回避することを出来る筈だ。だが、全くその様子はない。ただ死ぬ事だけを望んでいる。脳裏に自殺未遂を繰り返す男の背中がチラつき、中也は歯にギリっと力を込めた。


「こンっの莫迦野郎が!!ったく何奴も此奴も自殺ばかり好みやがる!これ以上死にたがりの面倒は御免だってぇのに!」


それは我慢の限界というような中也の怒号。自棄になったかのように文句を浴びせる中也は風の轟音に負けない声で続ける。


「生きている証がねぇだの、空っぽだの!手前が何に悩んで、ンな糞詰まんねぇ事考えてんのか知らねぇがな!今手前は此処にいる!それが証明にはならねぇか!?それじゃ駄目なのかよルナ!!」



必死に手を伸ばしてくる中也を見てルナは全身に風圧を感じながらただ疑問に思っていた。何故そんなに必死になって中也が助けようとしているのか、中也の言葉の意味も判らなかったからだ。




君自身が望まない君の価値を一体誰が望む?





私は誰にも望まれない。



それは屹度、私にはないから。


そう……、ないの。



『––––––生きていていい、理由が』



無意識に音になった言葉。


轟々と鳴り騒ぐ風圧の音の中で中也はその言葉を拾った。


一瞬、目を瞠った中也は空虚な瞳が此方を見つめている事に気づく。その瞳を見て、ルナが云った言葉を思い出す。


ルナは自分には生きる価値も証もないと思っている。だから、自分の生きる理由を探している。それはまるで迷い犬のように孤独で、光のない暗い闇を彷徨い続けている。



だが、その道を抜られる手段は、“死”ではない。
何故なら、“死”は救いにならないからだ。



なら、何が救いなのか?
 

ルナにとって救いは何か?



それは“死”でも、まして“生”でもないのかもしれない。


その瞬間、中也は気付いた。


今、ルナが本当に望んでいるものは“生きている証”ではなく、“生きる理由”なのだと。



中也は大きく息を吸い、そして、叫んだ。
ルナに届くように。




「生きる理由が欲しいなら、



–––––––––––俺の為に生きろ!ルナ!」




その言葉にルナの目が見開かれた。一瞬にして風の音が鳴り止み、中也の声だけが耳に、胸に届いていく。



「俺は手前に死んで欲しくねぇ!だから、手前の生きる理由が見つかる迄で構わねぇ!それまでは、俺が手前の生きる理由になってやる!」



–––––––––中也の為に生きる。




心の中でその言葉を零した瞬間、ルナの錆び付いた心の奥から温かい“何か”が広がった。胸の内から溢れてくるその“何か”はルナには判らない。けれど、それを知った心は判っていた。それが形となってルナの瞳から透明な雫を作り出す。


中也の頬に当たった透明な雫。
それに中也は驚き、目を見開いた。



ルナが泣いていたからだ。



静かに流れる涙。

初めて見るその涙は儚かく、迚も綺麗だった。



『ちゅ、うや』



伸ばされた小さな手を中也は掴む。



そして、漸く届いたルナを引き寄せ、包み込むように強く抱き締めた。








***




重力操作でゆっくりと地面に降り立った中也はルナを抱きしめた儘その場に座り込む。


地面の感触を感じた瞬間、安堵の息を大きく吐き出した中也はちらっと肩に顔を埋めているルナを見遣った。


死のうとした事にもう怒る心算はない。
それよりも今はただ驚いていた。


肩の服が少しずつ濡れていく。それがルナの涙によるものだと思うと余計にだ。


「(此奴が泣くとこ、初めてみたな…)」


微かに鼻を啜る音が聞こえ、小さな体は震えて、手は縋り付くように中也の服を握っていた。中也はそんなルナの頭を撫でる。まるであやす様に優しく、ゆっくりと。


『中也っ』

「ん?」

『これ、如何やったら、止まるの?』


そう問いながらゆっくりと肩から離したルナの顔を中也は覗き込む。静かに頬を伝って地面に落ちていく涙。目許に溜まったそれがオッドアイの瞳をまるで宝石のように輝かせていた。、


「涙ってもんは止めたくて止めれるもんじゃねぇよ」

『そう、なの?これは“悲しい”時に出るものだって本で読んだ。私は今、“悲しい”のかな?』


中也は目を丸くして一瞬固まったが、直後吹き出した。ルナは首を傾げて中也を見上げる。


「涙は悲しい時だけに流すもんじゃねぇ。嬉しい時にも流すし、そうだな…、安心した時にも流すんじゃねぇか?まあ何だ。兎に角涙ってのはそんな悪いもんじゃねぇよ。だから、手前が泣きたい時に泣きゃいい」


そっと涙を指で掬い頰を撫でてくれる中也の手は迚も温かい。その温かさにまたルナの瞳から涙が溢れた。その手の温もりを噛みしめるようにルナは瞳を閉じる。


『ねぇ、中也。私、ここが凄く苦しいの』


自身の胸に手を当てるルナ。いつもより自身の心臓の鼓動が手に伝わるのを感じた。


『何かが沢山溢れてきて。でも、全然厭じゃない。苦しいけど、あったかくて、心地良くて……。これって屹度、生きていなくちゃ感じられないもの。
だからね、私_____』


ルナは真っ直ぐ中也を見詰める。そのオッドアイの瞳は空虚な瞳でも、暗く淀んだ瞳でもなかった。



『私、中也の為に生きようと思う。生きる価値がないって云われても、空っぽな人形でも。
私が、私の本当の生きる理由が見つかる迄は、
––––––––––––中也の為に』





自身の心に芽生えた“何か”をまだルナは知らないだろう。赤ん坊が母親の体内から初めて外の世界に産声を響かせたように、ルナは産まれて初めて涙を流したのだから。



しかし、この日流した涙は慥かに、“何か”の欠片だった。












あの時の中也の言葉は、


空っぽだった私に“生きていていい”と云ってくれているようだった。


私の存在を認めてくれているようだった。



私にはそれが嬉しかった。




でも、その“感情”を私が知るのは、


–––––––––––もう少し先の追憶。









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