第八章 邂逅〜運命の一頁〜




「何!?」


蘭堂は亜空間を中也に投げ飛ばし、舞い上がる土煙を見て手応えを感じた。だが、土煙は一瞬で晴れ、その場に中也が立っているのを見て目を見開く。鎧のように中也の体を覆う赤い重力。


「自らの体を高重力化して密度を増し、衝撃を受け切ったのか」

「……なあ、何で俺が両手を使わずに戦ってたか、教えてやろうか?」


ゆっくりとした動作で中也はポケットから両手を取り出す。


「俺は喧嘩で負けた事がねぇ。ヤバいかもと思った事もねぇ。当然だ。俺は人間じゃねぇんだからな。俺という人格は、あんたが云うところの安全装置……、溶鉱炉みてぇな巨大な力の塊、その辺縁にへばりついている模様に過ぎねぇ。そいつがどんな気分か、あんたに判るか?」


静かな声だった。辺りには中也の声だけが響く。


「だから両手を封じた。そうすりゃいつか負けそうになる時が来る。戦いを楽しむんじゃなく、必死に自分を守れる時が来る。……そうすりゃ、ちっとは愛着が湧くかと思ったんだ。模様に過ぎねぇ俺を、この体の主人じゃねぇ俺って人間をな」


鋭い真っ直ぐな瞳が蘭堂を射抜く。


「素晴らしい!君を取り込めばこの身に感じる寒さも吹き飛ぶか!」


その瞳を見て蘭堂が感嘆の声を上げた____その時。



「来い!中也!!」



太宰の声が響いた。
そして、それに答えるように中也が構える。


「手前が動くんだよ。糞太宰」


太宰はふっと笑い中也に向かって踏み出した。だが、太宰の背中めがけて先代の鎌が迫る。太宰は咄嗟に振り返って右腕を掲げた。


「おい!」


中也が焦り、太宰に叫んだ。
太宰の右腕を先代の大鎌が貫通した。


______筈だった。




金属が擦れる音が響き、太宰の右腕の包帯が外れる。そこには鋼鉄製の防具。それを見て先代が「何!?」と叫んだ時、太宰は地を蹴って中也へと右手を伸ばした。



「中也!!」

「来い!太宰!!」



空間が襲う衝撃の波。吹き飛ばされそうなその勢いに中也は歯を食いしばり乍ら太宰の左に手を伸ばし続けた。


重なる手。


力強く握られた手が空間を開く鍵のように、美しき白い光が辺りを包み込む。忽ち、亜空間が消えていく。足場をなくした蘭堂は白い光に包まれ乍ら視線を上げた。そこには拳を振り被った中也。


「終わりだ旦那。重力からは逃げられねぇ」


蘭堂の腹に中也の拳がめり込み、蘭堂の体は地面へと叩き飛ばされた。


「蘭堂さんの亜空間が消えれば、当然貴方も消える。だけど」


鎌を避け、先代に鋼鉄製の防具をつけた腕を叩き込んだ太宰。


「一発くらい受け取ってよ。僕からのお礼」


大鎌だけをその場に残し、先代の姿は跡形もなく消え去った。




「手前は手品師か。糞太宰」

「あのね、中也。何の意味もなくギプスなんか着ける訳ないでしょ」


亜空間が消え、先刻の景色に戻った造船所跡地に、蘭堂が力なく倒れていた。空を見つめた儘ピクリとも動かない。


「全部話してくれるよね。蘭堂さん」


蘭堂は二人の少年に語る。


相棒の事、八年前のあの日の事。
そして、自身の手でその相棒を殺した事。


「中也君…、ひとつ、いいか?」

「…何だ」


蘭堂は澄んだ瞳で中也を見る。


「生きよ」


囁くような声で蘭堂は云った。


「君が何者で、どこから来たのか、知る術はもはやない。だが、君が力の表層の模様に過ぎぬとしても、君は君だ。何も、変わらぬ……、すべての人間、すべての人生は、脳と肉体、それらを含む物質世界の模様に……美しき模様に、過ぎないのだから……」



中也と太宰は黙ってその言葉を聞いていた。二人とも、その言葉から重い何か、決して聞き逃してはならない何かを汲み取っていた。


「不思議だ………少しも、寒くない………」


蘭堂は小さく微笑み、軈て静かに息絶えた。




夕日が差し込み、辺りに船の汽笛の音が響き渡る中、二人の間に会話はなかった。



暫く俯いていた中也は近づいてきた足音に目を向ける。中也の視線の先にはルナが此方に向かって駆け寄って来ていた。


心の中で安堵の息を吐く中也。



「手前、怪我は___」



中也の言葉は続かなかった。



白く小さな手が中也に向かって伸ばされる。走ってきた勢いの儘、中也に飛び込んだルナ。



ぎゅっと中也の腹に抱きつくルナを中也は勿論、太宰もが目を見開いて彼女を見つめる。時間が止まったかのように誰も動かなかった。目を瞠ってルナを見据える中也だが、ルナの顔は見えない。しかし、抱き締められる腕に微かに力が込められたのを感じた。



「……ルナ」



その時、初めて中也は彼女の名を呟いた。
















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