第八章 邂逅〜運命の一頁〜




街はずれの廃墟。
激突する中也と太宰。

 
「犯人教えろよ!」

「やだね!」


中也が素早く太宰に接近。強烈な下段蹴りを放つ。地面を蹴って上空に回避する太宰。落下の勢いを生かして、手に持った金棒を振り落とす。


「フン!」


中也、両手でガード。


「くッ!」


太宰が着地した。一瞬の硬化をうけて素早い拳を雨のように叩き込む中也。


「本当は判ってねぇんだろ!」

「いいや、判っているよ。どこかの小学生とは違ってね!」


二人は実際に戦闘をしている訳では決してない。それはお互い暴力や脅迫による問題解決を森に禁止されている故。だが、しかし蘭堂の屋敷を後にした二人の意見が一つも噛み合わなかった。仕方なく最終手段として相手を屈服する為の平等な解決法、格闘対戦の電子戦を行なっているのだ。よって、今此処は繁華街の電子遊戯場である。


機械音の喧騒がそこら中に響き渡っている電子遊戯場。勿論ルナは初めて来た場所。今では大人しく太宰と中也が電子遊戯をしているのを眺めているが、此処に入った時は何処からか聞こえてくる遊戯の銃声音に殺気を放ちまくっていた。そして、「唯のゲェムだぜ?」と呆れ顔で中也が戦闘電子遊戯機を指差したのを見て、首を傾げ乍ら危険が無いと判れば殺気を引っ込めたのだ。


「おい、俺が勝つのをちゃんと見てろよ!」


側で立っていたルナに中也は目を向ける。その言葉に無表情乍らも中也へと近づき画面を覗いたルナ。それを横目に中也はふっと笑みを浮かべ、太宰へと大技を仕掛けた。


「おらおらおら!守ってばっかじゃ戦いには勝てねぇぞ!」

「はい残念」


しかし、不敵に嗤った太宰。
瞬間、金棒から出た破壊光線。


「なああっ!ちょっと待てコラァ!」


中也の叫びも虚しく中也のキャラクタァは地面へと倒れ、画面にはKOという文字。


「あんな調子こいてるからこういう結果になるんだ。ほら、見なよ。君が勝つなんて宣言した所為で期待していたルナが落ち込んでいるよ?」


太宰はそう云って中也が負けたことを弄るが、特にルナは期待もしていなかったし、落ち込んでなどいない。先程から変わらず無表情である。


「約束したよね。“負けた方は命令をひとつ、犬のように従順に遂行する”。さて、何をしても貰おうかなぁ?」

「くそ!割と自信あったのにィィ!」

「君の敗因は異能が強すぎることだ。強すぎるから、狡猾さも周到さも育たない。電子遊戯でも、推理勝負でも」

「推理勝負だあ?んなもん受けた覚えもねぇし、負けた覚えもねぇ!」


中也は電子遊戯に手を叩きつけながらそう怒鳴る。そんな中也を見てそれはそれは愉しそうに笑みを深める太宰。


「なら、何方が先に犯人を糾弾できるか勝負しよう。君が勝てば先程の勝負の賭けは無かったことにしてもいい。でも、僕が勝ったら君は一生僕の犬だ」

「ふん。きつい条件を出せば俺が怯むとでも思ってんのか?薄っぺらなハッタリ野郎め。上等だ、受けてやるよその勝負。俺に狡猾さも周到さもないだと?手前みたいな奴に、俺の奥の手を見せる訳ねぇだろうが!」

「いいぞ少年、挑発を受けて立つ時の口上としてはなかなか良い。褒めてあげよう。よーしよしよーしよし」

「頭撫でんな!」


中也をおちょくり続ける太宰は既に彼を弄ることが趣味になっている。そんな太宰が頭に手を置こうとしたので中也は早々にそれを蹴りで追い払った。そして、その蹴りを見て太宰は「そういえば」と呟く。


「君が拳を仕舞ったまま、蹴りだけで相手と渡り合うのはその奥の手と関係があるのかい?」

「…どう戦おうが俺の勝手だ」

「成程。意図的に手を抜いている訳だ。ところで君は何故荒神である《荒覇吐》を追っている?何故、興味を持った」

「手前こそ、何で早死にしたがる。……なっ!」


突然、素早く太宰に背を向いて俯き、パーカーのフードを被り顔を隠した中也。その突然の行動に電子遊戯を挟んで彼を覗き込んだ太宰は「どうしたの?」と訊く。


少し静かにしとけ、と小声で話す中也を見て、太宰は振り返り入口の方を見た。そこにいたのは同じ年頃の少年と少女。手首には青い細帯を身につけている。あれは《羊》の構成員の証だ。彼等は何かを探しているのか周囲をきょろきょろと見回していた。


「彼等に遭遇して何かまずい事でも?」

「連中と会っていい状況じゃねぇだろ!」


太宰は身を低くして隠れる中也に一瞬視線を向けたが、その次に態とらしく声を上げて「おおーい、中原中也君。仕事に行くよ首領の命令だ」と叫んだ。そして、太宰のその叫びに焦りの含んだ声で「莫迦か手前!黙ってろコラ!」と中也が毒吐くのと二人組が此方に気づいたのはほぼ同時だった。


二人は小走りに此方に近づいてきて安心したように中也に笑いかけた。


「中也。やっと見つけた、探したぞ」


中也はひとつ深く溜息を吐き、それから冷静なすまし顔を作りフードを取る。


「おぉ…、お前等。無事だったか」


先程とは変わって大人びた声でそう云った中也。その表情は石のように硬い。


「晶や省吾達がポートマフィアに攫われた。早く奴らのアジトに殴り込んで痛い目見してやろうぜ!いつもみたいにさ!」

「心配すんな。その件は対処中だ」

「対処中?」

「そう対処中」


中也と銀髪の少年の会話にいきなり入ってきたのは太宰の明るい声。《羊》の二人がその声に目を向ければにこにこと楽しそうに笑う太宰の顔。そして、無表情なルナ。


「それより君達が調べた《荒覇吐》の噂について教えてよ」


笑顔でそう云う太宰を不審に思い乍らも《羊》の二人は中也に「誰だこいつ等?」「入団希望者?」と問う。中也は何を考えているのか判らない太宰を睨み付けて、その後、溜息混じりに「そんなところだ」と呟き、質問に答えるように銀髪の少年に頼んだ。


少年は納得がいかない顔をし乍らも調べた情報を話し出す。


少年の話によると、黒い炎や先代の首領を見たという噂はこの二週間で爆発的に増えていたらしい。そして、最も古い噂は八年前。大戦末期、擂鉢街を作った巨大爆発。《荒覇吐》が実際に起こした被害としてはこれ以前にないと云う。


銀髪の少年の話を聞いて太宰は「やはりそう云う事か」と確信を得たように笑った。そんな太宰を二人は怪しみ少女が本当に《羊》の新入りかと問うが少年の方は太宰を気にせず中也に視線を向けた。


「そんな事より仲間の奪還計画を立てようぜ。攫われたのは川向こうの工場通りだ」

「ちょっと待て。川向こうに行ったのか?」


銀髪の少年の言葉に身を乗り出しながら声を荒げた中也。少年と少女は顔色を変えて後退る。


「また酒を盗みに行ったのかよ!あんなポートマフィアの拠点の近くに。抗争の真っ最中だろ!誘拐してくれって云っているモンじゃねぇか!」

「怒鳴らないでよッ!」


桃色の髪をした少女は銀髪の少年に隠れ、体を震わす。少年も表情を強張りさせ乍らも「防衛主義の掟は守ってるだろ」と続けた。


「それにいい機会じゃねぇか。《羊》は唯一反逆主義、手を出せば百倍返し、だろ?中也がいつも云ってるじゃないか。“他人とは違う手札を持っている人間は、その責任を果たすべきだ”って。異能力という手札を持っている責任を果たしてくれ!」

「面白い」


彼等の会話に口を挟んだのは又も太宰。しかし、今度は先程の笑顔とは全く違う笑みを浮かべていた。口元は笑っていても、瞳は氷のように冷たい。


「実に面白いよ君達。この中で一番強い力を持つ彼がまるで狼に睨まれた羊だ。どうも組織の頂点に立つっていうのは想像よりも大変なものらしいね。後で森さんの肩揉んであげよっと」

「手前……」

「でも彼を連れて行くのは無理だよ。“ポートマフィア”の命令で仕事の最中だからね」


先程までの鋭い雰囲気は何処へやらニコッと笑いながら年相応の笑みを浮かべた太宰。


「そんな事ある訳ないじゃない!そうでしょ中也?」

「此奴等!ポートマフィアか!」


銀髪の少年はポケットからナイフを取り出し太宰に向かってそれを向けた。それに太宰は大袈裟に、そして楽しそうに「おお怖い!いやあ参った!何でもするから命だけはぁ」と両手を上げておどけてみせた。


「そうだあ、森さんに頼んで人質を解放して貰うから許してよ」


太宰はそう云って森へと電話をかけた。焦る少年を余所に太宰は森が出るのを待つ。そして、繋がった通話。


「あ、森さん?調子どう、心労で胃に開いた穴は?あそう、広がってる感じ?……え、ルナ?別にいつも通りだけど…、あっそう、森さんの寂しさなんて如何でもいいや。……うん、依頼の件は順調だよ。もうじき片付く。その件で頼みがあるんだけど、《羊》の人質を解放して貰えないかな?うん、そう。今すぐ。無傷で……うん、それじゃ」


太宰の通話を困惑した表情で互いを見ていた《羊》達。電話を切った太宰を見て怪訝な表情を浮かべる少年は冷や汗を垂らした。


「おいおい、こんな餓鬼に人質解放なんて権限あるのかよ?今の電話、首領を顎で使っているみたいだったけど」


半信半疑な顔をする少年はいきなり響いた自分の携帯端末に気づき、それを見る。そこには“全員解放された”というメッセージ。随分あっさりとした人質解放に疑い続ける彼等は太宰に「何を企んでいる?」と問うた。それには答えず立ち上がる太宰。


「もういいよね。さあ、行こう。仕事の続きだ」

「仕事ぉ?」


太宰の言葉に桃色の髪をした少女は莫迦にしたように笑い、中也の腕に抱きいた。


「中也はポートマフィアの仕事はしないよ」

「そうさ。もう人質はいないんだからな」


行こうよぉ中也、と桃色の髪の少女は中也の腕を軽く引っ張った。




その瞬間、中也は目を見開く。



そして太宰もまた、目を丸くしてその光景に驚いた。




何故なら、《羊》の少女が腕を組む中也の左側とは反対側、つまりは中也の右腕を、水浅葱色の髪をした少女が掴んでいたからだ。


「何よアンタ…、離しなさいよ」


《羊》の少女は水浅葱色の髪の少女、ルナを睨み付ける。そして、中也の腕をもう一度引っ張る。


同時にルナも中也の腕を自身に引き寄せる。
首を微かに横に振りながら。


「手前、何で……」


驚いた表情で中也はルナを見る。
ルナも中也を見上げた。


ルナは相変わらず無表情の儘だったが、少し、ほんの少しだけそのオッドアイの瞳が揺らいだのを中也は見た。




太宰は目を見開いたままその光景を眺めていた。


「(まさか、ルナが自分から動くなんて…)」



それは確かに、太宰が初めて見たルナの“意思ある行動”だった。



暫くの沈黙の後、中也はルナから視線を離し、《羊》の少女の手を振り払う。


「悪いが、お前達だけで行ってくれ」

「は?……何云ってんだお前!」

「《荒覇吐》が先だ。犯人をどっちが先に見つけるか其奴と賭けをしちまった」

「お前が敵をぶっ飛ばすの皆んなが待ってるんだぞ!」

「それくらいにしてあげなよ。彼は自分の異能をどう使うのか自分で決める事が出来る。そんな事は考えれば子供でも判るよ。議論の余地すらない。」



横から口を出し、鋭い言葉を最後に吐き捨てた太宰は未だに中也の腕を掴んでいるルナに目を向ける。


「ルナ、行くよ」


太宰の呼び掛けに無言で中也から離れ、太宰の背中を追いかけたルナ。



銀髪の少年は去って行く二人を睨んだ後、中也に向き直った。


「お前、まさか噂は本当なのか?《羊》を裏切ってポートマフィアの一員にして貰ったって」

「ポートマフィアは関係ねぇ!これは俺の問題だ」



それだけ云って背を向けた中也に尚も少年は叫ぶ。


「忘れるんじゃないぞ中也!素性も身寄りもないお前を受け入れたのが俺達《羊》ってことをな!」



少年の声が響く中、返事も振りもしなかった中也は太宰とルナの隣を歩いて去って行った。








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