第八章 邂逅〜運命の一頁〜




「うぅ寒い…、風通しが良くなって三倍寒い」

「災難だったねぇ、蘭堂さん」



三人が荒れ果てた屋敷の二階に上がれば、奥にある暖炉の前で蘭堂は椅子に座り乍ら震えていた。椅子の周りには多くの本があり、それは読書用ではなく、薪用と化している。


「非道い目にあった。何故私が…」

「襲われた理由は大凡予想がつくよ。噂の拡張だ。森派の蘭堂さんが黒い炎に殺されたとなれば人々は先代の怒りをより強く実感するだろう。ここに来た時に彼がぶちのめしたGSSの兵士が黒い爆発を偽造する為の手順書を持ってた」

「黒い爆発とは?」

「ナトリウムランプの炎色反応を利用すると黒に近い炎が作れるらしい。まあ、孰れにしても粗末な偽装作戦だね」


太宰は手に持っていたその紙を詰まらなさそうに潰して投げ捨てる。太宰の話を後ろで聞いていた中也は「つまりこういう事か?」と言葉を発した。


「GSSの連中がポートマフィアを仲間割れさせる為に《荒覇吐》になりすまし、この旦那を襲った」

「GSSの現総統は冷酷な男で、北米の秘密機関《組合》と深い関係にあるという噂だ」

「蘭堂さんが擂鉢街で目撃した《荒覇吐》の噂について教えて欲しい。先代復活の噂に繋がる情報は今のところそれしかないから」



その瞬間、蘭堂の表情が変わった。
燃え上がる暖炉の前に居ると云うのに、額から伝った汗は酷く冷たい。何を恐れているのか、寒さの震えだったものは恐怖の震えへと変わる。


「嗚呼、善く覚えているとも。……忘れるものか。私だけが生き残った。だが、周囲の部下はことごとく燃えてしまった。あの黒い炎に飲み込まれてしまった。あれは本当に荒神だった」


震える手を握りながら蘭堂が箇条書のように云った言葉に、面白くなってきたと笑みを浮かべる太宰は「詳しく話してよ」と蘭堂に続きを促した。



蘭堂は思い出すように目を瞑り、語っていった。



**






あれは擂鉢街のほぼ中心での出来事であった。


我々マフィアは《羊》の武装した少年達との抗争へ向かう途中であった。


そこでいきなり、黒い爆風に我々全員が吹き飛ばされた。部下は皆死んだ。異能で亜空間を展開した為、私だけがどうにか生き残った。



黒い炎、瓦解する大地。
そこはこの世のものではない。
地獄であった。


そして、その中心に“そいつ”は居た。
それは先代の首領などではなかった。


否、抑“そいつ”は人間ですらなかった。




____獣。黒き獣だった。



四足歩行の獣。毛皮は炎。太い尾も炎。
一対の瞳も、煉獄から吹き出したかのような炎であった。



地上の凡ゆるものが高熱で揺らめいていた。ただ横浜の海が……、遠くに眺めるあの海だけが、変わらぬ灰色の鋼の表面のように、静かに凪いでいたのを妙に覚えている。




あの時、獣の声を聞いた。
何の感情も含まない声であった。



私にはそれが怖かった。




あれが神なのだと云うなら、今でも私は容易く信じる。殺意はない。洪水も、火山も、颱風も、落雷も、津波も殺意はない。


だが、大勢の人を一瞬で殺す。あの獣はそういったものだ。


そのような存在を、この国では《神》と呼ぶ。



それ以外に、どんな呼びようがある?








**



蘭堂はまるで長い歴史を語り終えたかのような感覚で話を終えた。


誰も口を開かなかった。時間の流れに追いついて行けなくなったかのように。唯その場に留まり沈黙に身を沈ませていた。



しかし、時の流れに一番最初に追いついた蘭堂は椅子から立ち上がり太宰達に向き直る。


「すまない。君達は先代の復活を《荒覇吐》の力のおかげではなく、敵異能力者による偽造であると証明したかったのだろう?」

「いや、なかなかに興味ある話だったよ」


太宰は笑顔でそう答えた。


「全部判った。おかげで事件解決だ」


淡々とそう云った太宰の言葉に、きょとんとした表情を浮かばせた中也。そして、瞬きを繰り返した後、顔を歪めて一つ、「ンあ?」と呟いたのだった。






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