第八章 邂逅〜運命の一頁〜




青く蒼く澄み渡る空。

心地よい空気を漂わせる快晴。



そんな空とは反する表情で三人は路地を歩いていた。


二人の少年は不機嫌な顔で、一人の少女は無表情。会話もなく、其々が五米ほどの距離を開けたまま。前から、太宰、中也、ルナといった順に並んでいる。


「…おい」


中也は前を歩く太宰に呼びかけた。
しかし、太宰は返事も振り返りもしない。


「………なァ、おい」


先刻よりも音量を上げて云った中也を太宰は再び無視した。青筋を浮かべた中也。ピキッと血管が切れる音が聞こえた。


「何処行くか教えやがれ」

「いやあ、いい天気でだなぁ。いい天気すぎて妖精さんの声が聞こえるなー」

「巫山戯んな。俺の声だ」

「嗚呼、君いたの。悪いけど話しかけないでくれる?ちょっと今呼吸で忙しいから」

「首引っこ抜くぞ自殺願望。そうじゃなくて、何処に向かっているか答えろ、つってんだよ!」


蹴りを入れる中也をヒラリと躱した太宰は面倒臭いと云う風に溜息を吐いて、調査に行くんだよと答えた。


「爆発を一番間近で目撃した人間に聞き込みに行く」

「聞き込みだと?面倒だな……、敵を締め上げて吐かせて終わりって話にゃなんねぇのか?」

「なるわけないでしょ」


阿保を見る視線を中也に向けた太宰は嫌悪感を包み隠さない儘続けた。


「一週間前、僕達が経験したのと同じ爆発が起きていた。場所も近い。先代の姿は目撃されなかったようだけど、恐らく僕達が追っている事件と同じものが原因だろう。その爆発の生存者に話を訊きにいく」

「生存者ってことは、死人が出たのか」

「嗚呼。君が嫌いなポートマフィアの一団だ。生き残った人は異能力者でね。君も既に会っている人物だよ」



太宰が云い終わった瞬間、路地の先から轟音が鳴り響いた。そして、前方に上がった黒い煙。太宰は「あちゃー、これは犯人に先を越されちゃったかなぁ」と呑気に呟きつつ、頭を掻いた。


「おっとっと、そりゃマジかよ。ヤベェなそりゃ、大事おおごとだ」


中也は云った言葉とは反して、期待に満ちた表情をしていた。そこには愉しそうな笑みを浮かべて。


「つまりはこういう事だろ?面倒くせぇ聞き込みから、口封じしに来た犯人シメて口割らせる作戦に変更って事だろ?」

「はぁ?」

「最高じゃねぇか」



いきなり機嫌が良くなった中也に怪訝な目を向けた太宰。その視線を無視して中也は背後を振り返り、ルナに笑顔を向けた。


「おい、手前もそんな離れてねぇで行くぞ!オラ早く来い!」


ルナの手首を無理矢理掴んで引っ張っていく中也。無抵抗なルナを連れて失踪して行った中也の背中を見送り、太宰は呆れたように「……子供だ」と呟いたのだった。



*




黒煙が上がり、半分程吹き飛んだ古風な屋敷。


それは住宅街から離れた人工林の奥にあった。その屋敷に向かって銃を構える七、八人の人間の姿。恐らく襲撃者だろう。


「始まっているね」


その様子を見て、林の奥に隠れ乍ら太宰はそう云った。


「派手な爆発痕。あの爆弾のど真ん中に入れて貰えば、苦しまずに吹っ飛んで死ねたんだろうなぁ……」

「あーはいはい。後で幾らでもぶっ殺してやるから、今は仕事に集中しろ」


爆発痕を羨ましそうに見る太宰に蔑んだ目を向けた中也は適当に返事をして屋敷に視線を向けた。その中也の返しが気に入らなかったのか、眉を顰めた太宰。


「そう云う君も人の事云えないでしょ。ちゃんと仕事に集中したら?」

「あ?」


太宰の言葉に首を傾げた中也の手を太宰が指差した。太宰の指す先を見て、中也は暫く固まった。そこには、小さな白い手を握った儘の自分の手。


「何時までルナの手を握ってる心算?」

「うおっ!」


反射的に手を離した中也。手を上げた状態でルナを見下ろせば、ルナは中也を見上げていた。無表情の儘ジーっと見据えてくるルナの瞳を見るのが耐えられなくなった中也は視線を逸らして、上げていた自身の手を乱暴にポケットに突っ込んだ。


少し赤くなっている中也の頬。
ルナはそんな中也の顔を見据えていた。


直後、響き渡った破砕音。建物の壁が吹き飛んだのだ。そして、二階から武装した男が飛び出てきた。否、吹き飛ばされたと云った方が正しい。


「あー、まあ、蘭堂さんの異能相手にあの程度の武装じゃ、ああなるよね」

「蘭堂?」

「僕達がこれから聞き込みに行く相手で、君を異能力で拘束していた人だよ」

「彼奴か…」

思い出したように中也が呟いた。


その時、背後で銃が構えられる音。


「両手を上げて振り向きなさい」


背後にいたのは武装した男が一人。


「増援部隊かと思えば、子供が三人。ポートマフィアは人手不足なのか、それともあの蘭堂という男に人望がないのか」


男は此方に銃を向け、そして小馬鹿にしたように嘲笑う。そんな男に中也も笑みを返して「おいオッサン」と声を上げ、ゆっくりと余裕な足取りで男に近づいていく。


「お互い時間を節約しようぜ。アンタが俺に一発撃つ。そしたら俺が反撃にアンタを隣町までぶっ飛ばす。序でに残った襲撃者も全員ぶっ飛ばす。それでお開きだ」

「はぁ?」


銃の照準を中也に向けた男は怪訝そうな顔で目の前に立った中也を見る。そして、太宰は「ああ…もう…」と呆れ乍ら頭を押さえて項垂れた。


「あーぁ、騙して情報を引き出せばいいのに。貴方、《GSS》の戦術班ですね?」


《GSS》、ゲルハルト・セキュリテヰ・サアビスはポートマフィアと対立する半非合法組織の一つ。元は海外資本の真っ当な民間警備会社だったが、本国からの援助を打ち切られ今では非合法組織となった。何度かポートマフィアの荷を沈めたこともあり、二つの組織は極めて険悪な関係にある。


「ほら、早く撃てよ」


中也はニヤリと笑みを深めて自分の額に銃口を押し付けた。その瞬間、通常の重量を遥かに超え鉛のように重くなる銃。


「何、だ………銃が、重い!」

「この程度の重さでへばるなよ。男の子だろ?」


不敵な笑みを浮かべ乍らそう挑発する中也。男は中也の挑発に乗る余裕もなく苦痛な悲鳴をあげて地面へと膝をついた。


「お前…、《羊》の中原中也か。ポートマフィアに降ったという噂は本当だったか!」


男の言葉に青筋を浮かべて男を地面へと足で押し付けた中也。男は脳震盪を起こし、呆気なく気絶した。


「腹立つ勘違いすんなこの莫迦野郎が!」


地面にめり込んでいる男に怒声を浴びせる中也に太宰は男から抜き取った通信機を弄り乍ら芝居がかった声で感嘆の声を上げた。


「お美事。君、凄いねぇ」

「手前はポケットの中見てただけか?」

「僕はちゃんと其奴から抜き取った通信機で情報を取ってた。そして、如何やら君がぶっ飛ばした人の応援が駆けつけてるらしい」


太宰が云い終わると同時に十名程の人影が現れる。三人を包囲するように広がり銃を構えたGSSの構成員だ。


「おい包帯野郎。倒してやるから、何か戦闘音楽をかけろ。ハードロックな奴だ」

「莫迦じゃないの」


冷たい目を向けた太宰の声を遮る様にGSSの構成員の一人が叫び出した。


「撃て!そのチビ、重力遣いの中原中也だ!」

「あァ?」


部隊の隊長である男が倒れているのを見て、焦り乍らそう云ったGSSの構成員の言葉に威圧的な低い声を出した中也。



放たれた銃弾は残像を残し乍らまるでスローモーションのように中也目掛けて飛んでいく。銃弾は中也に命中したが、刺さらなかった。無数の弾丸は勢いを失くし、重力によってその場に停止している。


「チビ、つったかサンピン野郎。俺はまだ15歳だ…、これから伸びんだよッ!」


眉を吊り上げた中也は周りの弾を敵に向かって跳ね返す。銃同様の威力を持ったその弾は紙を貫くように容易く男達の体を貫いた。そして、地面と共に上空を飛び、それを真っ二つに割って蹴り飛ばした中也。隕石のように降ってきた地面が男達を潰す。次に一旦着地して銃を放った男めがけて突っ込んで蹴り飛ばした。



圧倒的な戦闘力。



GSSの構成員は手も足も出ないまま一人の少年によって倒されたのだ。その一部始終を見届けて太宰は近くに転がっていた拳銃を拾う。


「終わりだ。襲撃の目的を教えろ。《荒覇吐》について知ってる事は?」


中也はまだ息のある一人の男に近づいてそう問うたが、男は焦点の合わない瞳で宙を見つめ乍ら荒い呼吸を繰り返すだけだった。


「…やっぱ仲間の調査報告を待つしかねぇか」


倒れている男をそのままにして男の横を通り過ぎた中也。


「運がなかったねぇ。苦しいかい?」


だが、その場に響いた太宰の声に歩みを止めて振り返る。太宰は男の前にしゃがみ込み、平坦な表情で男を見下ろしていた。


「今から手当てしても助からない。それでも死ぬ迄に五分程掛かるだろう。その五分は地獄の苦しみだ。僕なら耐えられないね。この銃で苦しみを終わらせて欲しいかい?頼むなら喋れなく前にした方がいい」


太宰は拳銃を持つ左手を少し掲げて男に問うた。そして、撃ってくれ…と荒い呼吸で言葉を発した男に「いいとも」と返事をした。



そして、立ち上がり後ろに振り返った。


太宰は背後に居たルナへと拳銃を渡す。


「この男を撃て」


怜悧な瞳をルナに向け、そう命令した太宰。


ルナは何も云わずに無表情でその拳銃を受け取り、そして、男の元へと銃口を向けた。何の躊躇いもなく銃の引き金を引くルナ。銃弾は男の頭部に命中し、男を唯の物体にした。男は絶命した。


だが、ルナは撃つのを止めなかった。


次々と撃ち込まれる銃弾の衝撃で男の体が跳ね続ける。辺りに飛び散る血飛沫。それでもルナは撃つ。表情を変えず何の感情もない真っ暗な瞳で。




その銃弾の音が止んだのは、


中也がルナの持つ拳銃を蹴り飛ばしたからだった。




カキンッと音を立てて地面へと落ちた拳銃。



「もう死んでんだろ。無駄に死体を撃つんじゃねえ」


中也は転がった拳銃を目で追っていたルナを見乍らそう云った。ルナは拳銃から視線を外し、今度は中也を見る。感情のない瞳が中也を映し、そしてルナはそこで初めて首を横に倒した。首を傾げる動作。ルナは何故中也が止めたのか、理解が出来なかった。


中也はそんなルナを見て、
そして、ルナの後ろにいた太宰を睨む。


「何で此奴に撃たせる必要があった?」

「そんなの僕の勝手だろう。彼女への命令権は僕にあるんだから」

「手前は死体を撃てと此奴に命令すんのか?」


どこか怒りさえ感じる中也の声に太宰は面倒そうな溜息を大きく吐き出した。


「僕は“この男を撃て”と命令しただけで、“死ぬまで、、、、”とも“殺せ、、”とも云っていない。故にルナは撃ち続けた。
どうだい?面白いくらいに忠実だろ?
______まるで人形だ」



太宰は吐き捨てるように嗤い乍らそう云って燃えた建物に向かって歩きだした。その背中を中也は眉を潜めて見据えた後、ずっと無言のルナに視線を移す。



「手前はもっと手前の意思を持ちやがれ」



中也はルナにそう云った後、太宰を追って建物に向かった。






『……私の…、意思…?』





前を歩く中也の背中を見つめ乍らルナは一人呟いたのだった。








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