第八章 邂逅〜運命の一頁〜




森はルナを連れ診療所を出て、ポートマフィア本部ビルに帰って来ていた。



白衣から正装に着替えた森の姿に町医者の面影はない。そこには確かにマフィア首領の男の姿。だが、執務椅子に座る森の横に立つ少女は診療所にいた時と変わらず、ただ目線の先の一点を見据えた儘立っていた。


書類を見ていた森はチラッと時刻を確認する。太宰が調査に向かって数時間経つ頃だ。そろそろ何か情報を得ているだろうと通信機の電源を作動させて太宰の携帯に電話を掛けた森。


数秒して、〈もしもし?〉と云う雑音に混じった太宰の声が執務室に響いた。


「調査の方は順調かね?太宰君」

「〈うん、色々解ったよ。結論から云うと、先代はいたよ。蘇ったんだ。地獄の底から…、黒い炎に包まれて〉」

「何だって?」


太宰の報告に上擦った声を出し乍ら聞き返した森は深妙な面持ちで手を組み、そこに顎を乗せた。何かを睨み付けているようなその瞳は冷酷で、殺気さえ感じさせる。その殺気を感じ取り視線だけを森に向けたルナ。


「〈目撃者は何人もいたよ。余程この世に未練でもあったのかな?……兎に角、帰って詳しく報告を___〉」


突然、太宰の言葉が不自然に途切れたと共に爆発にも似た衝撃音が通信機から鳴り響く。その音に混ざって、〈太宰さん!〉と云う焦った誰かの叫び声と何かが壊れる大きな音が幾つも鳴り、軈て雑音を混ぜて消えた。通信が途切れたからだ。


特に驚きもせずに冷静な声で「敵対組織の襲撃かねぇ」と呟いた森は何かを黙考した後、ルナに視線を向けた。


「ルナちゃん。此処から擂鉢街に行くのにどのくらい掛かるかね?」

『……三分』

「では、太宰君の処へ行って来なさい」

『了解』



森の命令によってルナは動いた。



執務室を出てビルの屋上へ。

 

そして、そこから飛び降りる。




『おいで、イヴ』



ルナが空中でそう呟くと何処からともなく黒い影が湧き出て、次の瞬間、現れた巨大な白銀の獣。その大きな背中にルナが着地した瞬間にイヴは後脚でビルの壁を蹴った。弾丸のような勢いで駆け抜けていく獣の姿は人の目では追いつけない。



ルナは体に伸し掛かる風圧を感じ乍ら何の感情も、光もないそのオッドアイの瞳で段々と近づいて行く擂鉢街を見据えた。




向かっているのは自分なのに。



なのに、如何して。



“何か”に惹き寄せられていると感じるのだろう。







**





「君があの重力遣い、《羊の王》中原中也か」


太宰は頭から血を流し乍ら容赦無く蹴り飛ばしてくる目の前の少年を見据えた。深い暗緑色のライダースーツを着たその少年の髪は獅子のような赭色。


何度も蹴られても平然としている太宰にその少年、中也は大きく舌打ちを溢した。


「俺は王じゃねぇ。ただ手札を持ってるだけだ」


硬い声でそう云った中也は太宰を睨み、太宰は中也を眺め返した。


「投降せよ、小僧」


後ろから聞こえた静かな声に振り返った中也は白手袋を外す壮年のマフィアの男を視界に捉えた。


「幾ら凄んでも怖くねぇよ、ジイサン。俺様を誰だと思ってやがる」

「羊の王様かな?」

「違っげぇよタコ。手札を持ってる、つったろ」

「強さと云う手札か」

「あんたも異能力者か」


中也の目が鋭く光る。そして、喉をくつくつと鳴らして笑った。


「いいねぇ、これまでのヤツとは歯応えが違いそうだ。来いよ」

「広津さん、気をつけて。此奴は触れた対象の重力を操る」

「承知」


戦闘の体勢を取った中也と広津。
次の瞬間には、中也の重力と広津の斥力が衝突し、閃光が放たれていた。中也は素早く広津との間合いを詰め蹴りを入れる。その蹴りを広津の右手が受ける。再び軌道を変えて中也が蹴りを入れた瞬間に、広津は懐から銃を抜いて中也に向けるが、それを中也が難なく蹴り飛ばした。だが、その一瞬をついて広津の右手が中也の肩を掴む。


「捕まえたぞ」

「だから何だ?アンタの異能は効かねぇ」

「どうかな」



目を瞠って背後を振り向いた中也の首筋に手で触れた太宰。


「残念。これで重力は君の手から離れた」



太宰の異能無効化能力が発動した。その為、中也を包んでいた重力の力が一瞬で中也から離れる。


「さあ小僧、後悔の時間だ」


額から汗を垂らし乍ら薄い笑みを浮かべた広津の言葉と共に放たれた白い衝撃波。体の軽い中也は後方へと吹き飛ぶ。そして同時に、太宰までもが飛ばされて地面に転がった。



広津の顔に混乱の色が浮かぶ。異能で吹き飛ばしたのは中也のみだった筈。何が起こったのか判断しようとした広津の耳に「やら、れた」と云う苦痛を含ませた太宰の言葉が届いた。


「衝撃の直前に、下半身の回転だけで蹴られた。おかげで手を離してしまった……。あれは自分の異能で態と後方に飛んだんだ」


蹴り飛ばされた腹を抑えてヨロヨロと立ち上がり、後ろを振り返った太宰。その視線の先にいる中也は建物の壁に横向きに着地しておりニヤリと猛獣のような笑みを浮かべていた。


「ははは!そうだ、そいつだよ!宴の開幕に相応しい花火を上げようぜ!」


中也は壁を踏み破るほどの勢いで飛翔し、太宰の方へと突っ込んでいく。恐ろしい速さと重力の乗ったその突進は太宰が異能を無効化しても勢い自体は殺せない。人体を砕いてあまりある体当たりを止める事は不可能だ。


笑みを浮かべた中也。


此処でこの餓鬼を殺して、クソったれマフィア共の事務所に此奴の首を送りつけてやろう。



その考えた中也は獲物を狙う獣のように瞳を光らせ乍ら太宰に突っ込む。




その瞬間。



_____ふわりと美しい髪が靡いた。




中也はハッと目の前を見て動きを止める。



太宰の目の前に現れた小さな人影。



太宰もいきなり現れたその人影に目を瞠った。




土煙を上げて地面に足を着けた中也は太宰の前に立った少女を見据えた。



毛先だけが白銀色に染まった水浅葱の髪がゆらゆらと靡いている。黒い布を纏い、此方を無表情で見つめる瞳はアメジスト色の左目と、人間とは思えないような赤い右目のオッドアイ。



「何だ……、手前」



何故動きを止めたのか。


中也は今更になってそう考えた。盾になったと云う事はこの少女もマフィア。なら、一緒に殺って仕舞えばよかったのだ。



なのに、中也は動きを止めた。




その少女、ルナの姿を見て、


意思とは関係ない“何か”が中也を止めたのだ。






海のように青い瞳がルナを映した。


美しいオッドアイの瞳が中也を映した。







それは、二人の間で運命の歯車が動き出した瞬間だ。









そして、その辺りを黒い炎が包み込んだのも、その直後のことだった。






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