第七章 快楽は毒なり薬なり




紳士的で話し上手。


蓬莱健介の第一印象だった。
爽やかな笑顔で話す姿は女性が好みそうな好青年で、招宴会会場内でも彼の姿を目で思う女性は多い。世の女性は屹度ああ云う男性が傾向タイプだと語るのだろうか。



「此方の料理の味は如何でしょう?」


上品に料理が盛られたお皿を私に差し出した蓬莱健介は葡萄酒が入ったグラス片手にそう問うた。私はその一つを一口食べて『とても美味しいです』 と笑顔を作って答える。出来れば山盛りに乗せて欲しかったとは云わない。


私が食べている間も蓬莱健介の会話は途切れる事は無かった。ユニークな話も混ぜてのお喋りは退屈はしないが面白いとは思わない。


「私とダンスでも如何ですか?」


洋楽曲が終わりに近づいてきた頃、蓬莱健介が私に提案した。それに頷いて彼の手を取る。広場の中心に手を引かれ向かい合った。


音楽が変わる。
ゆったりとした落ち着いた曲だった。


ダンスは出来ない訳ではない。
大体の事は見れば出来る。


音楽に合わせて踊る中、随分と見詰められている事に気付き彼を見上げる。中也より背の高い彼。太宰くらいあるだろうか。そんな事云えば中也が拗ねそうだ。


『何か?』

「ポートマフィアのご令嬢が来ていると聞いた時はどんな方なのかと色々想像しましたが…、まさかこんな美しい女性だったとは。思わず見惚れてしまいました」


はは、口説かれてる。

心の中で乾いた笑いが漏れた。


『美しいなんて…。私、よく子供っぽいって叱られるのよ?』

「それはあの護衛人ボディーガードの彼に?」

『まあ、そうね』

「無邪気さとは時に女性を愛らしく見せるものですよ。私もそんな貴女を見てみたい」


よくもこれだけ上手い台詞が出てくるものだ。でも、少し中也に見習って欲しいかも………なんてね。



今頃、中也達は動いているだろうか。
少し簡単に事が進みすぎているのが気掛かりだが、作戦は今の処順調な筈……。


作戦書には、私は囮役と書いてあった。
蓬莱健介の気を引く係。そして、DOPの情報を訊き出す。色仕掛けなんて仕事には滅多に使わない私には少し面倒な役。それは色仕掛けの類を使う前に相手を殺す事が多い故だ。


しかし、作戦書に書かれている限り私はその役目を最後までやらなくてはならない。



その時、何かが頭の中に引っ掛かった。


囮をして、情報を聞き出して……、
そして、その後は如何する?
蓬莱健介を殺す、それとも生け捕り?
作戦書には何も書いてなかった。
そうだ、作戦書を読んだ時に感じた違和感を思い出す。


私の行動が書かれていない。


それが違和感の正体。
首領が書き漏れなんてする筈がない。
任務に向かう前も首領から“命令”を貰わなかった。
____何故?



「如何かしましたか?」


何処か上の空のルナに呼び掛けた蓬莱。ルナは『少し立ち眩みが…』 と申し訳なさそうに笑みを零した。


「それはいけない」


蓬莱はルナの小さな体を横抱きに抱え上げて、招宴会会場の入口に進んで行く。幹事の一人が慌てて此方に駆け寄って来て「如何されましたか?」と蓬莱に問うと彼は「彼女を休ませる。暫く此処を頼む」と一言告げてその場を後にした。


ルナを抱えた儘昇降機に乗り込み上の階を目指す蓬莱。


立ち眩みなんて丸っ切りの大嘘だが、あんなガヤガヤとした処でDOPの情報を訊き出せる訳もない。まあ、DOPって何?と聞いてもペラペラと話し出す阿保でも無いと思うが。


昇降機を降りて、廊下を進んだ蓬莱はある部屋の扉の前に立った。そして、その扉を開ける。部屋の中に足を進め、横抱きに抱えていたルナをベッドの端に座らせた。


蓬莱はそのまま簡易テーブルの上に置かれた硝子の急須を手に取りグラスに注いだ。そして、それをルナに差し出す。


「これを飲むといい。少し落ち着きますよ」


ルナは礼を云い、それを受け取る。


グラスの水面をジッと見て、そしてそれを喉に流し込む。





力の抜けたルナの手からグラスがスルリと床に落ちた。






**





ホテルの通信管理室に潜入した久坂と中也。


警報を鳴らされる前に元々そこで仕事をしていた男達を中也が殴って気絶させたのが数分前。


「一番、怪しいのはこのホテルにある地下室でしょう。ホテル物資を保管する厳重な金庫もありますが、何より特別なお客様の為の荷物を大事に預かるサービスも充実しているので、DOPを隠すとしたらもってこいの場所です」


PCを弄り乍らそう云った久坂に中也は頷く。画面に映し出されるこの建築物の構造を確認し、ロックを解除して電源を落とした久坂はふぅと息を吐いた。


「手前、そんな事も出来んだな」

「PCの扱いには慣れてますから」


防衛センサーを無効化するのは相当な技術と知識がいる。一歩間違えればロックは強固となり更に侵入者が入り込んだ事を知らせるシステムである筈なのだが。


矢張り首領が推薦しただけの事はあると中也は感心の瞳を久坂に向けた。


「さあ、地下に向かいましょう中原幹部」

「嗚呼」


立ち上がった久坂に返事をして中也は扉に向かう。此処から地下となると昇降機が速いが、念の為階段を使った方が良さそうだと頭の中で算段を立てている中也はふと久坂が後ろから来てない事に気付く。振り返ると久坂はある画面をジッと見据えていた。


「如何かしたか?久坂」

「……ルナ様、上手く囮役を出来ている様ですね」


久坂の言葉に首を傾げた中也は同じように久坂が見ている画面に視線を向けた。そして、目を見開く。


画面に映っていたのはルナを横抱きに抱える蓬莱健介の姿。何処かに向かっているのか、映ってる場所は昇降機の中だった。



胸の内から黒ずんだ感情が中也を蝕む。
奥歯がギリっと音を立てた。


だが、今は任務中。
中也は中也の、ルナはルナのすべき事がある。


「行くぞ、久坂。とっととDOP証拠品を見つけてあの糞野郎の澄ました顔面を剥いでやる」


空気を震わす低い声で通信管理室を出て行く中也の背中を久坂は無表情で見据えた後、再び画面に視線を移す。



画面に映る蓬莱健介がルナを抱えた儘ある部屋に入ったのを見届けて、久坂も踵を返した。



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