第七章 快楽は毒なり薬なり




招宴会が行われるのは横浜の高級ホテルの一つ。蓬莱健介は日本にいる間必ずとそのホテルに泊まり、そこの広場で招宴会を開くらしい。結婚式などが挙げられる程の広さの宴会場は洋風な輝かしい造りが好まれている。政治家の会食や、国際交流の宴会にも使われる場所だ。


高速道路を走る高級車。
運転手は黒服の構成員。


『何でアンタも居るわけ?』


後部座席に踏ん反り返るルナは腕と脚を組み乍ら助手席に座る久坂の後頭部を睨み付けた。


「私は首領様に頼まれたのです。組織の中でDOPに詳しいのは私だけですから、御二方の手助けをして欲しいと。作戦書はお読みにならなかったのですか?」

『読んだわ。ほんっと厭な云い方』


中也は窓の外に視線向けて、二人の間の殺伐とした会話に巻き込まれないように黙る。舌打ちを零すルナと無表情に真っ直ぐ前を眺めている久坂。如何にもこの二人は気が合わないらしい。作戦に支障がないといいが、と中也は声に出さない溜息を吐いた。


「ですが、流石はポートマフィアの首領様。組織の利益の為、御自身の娘さえ危険な戦場に向かわせる冷酷さはポートマフィアがこの横浜で一番の勢力を勝ち取ったのも頷けます」

『当たり前でしょ。娘が可愛くて手段を選べないような男にマフィア首領が務まるかっての』

「(こう云う時、流れるように嘘吐くよな此奴……)」


久坂はまだ組織に入って日が浅い。本当の事、つまりはルナが首領の娘ではない、と云う事を知らされるのは恐らくこのDOPの脅威を抑える任務を無事完了して、上級構成員と認められてからだろう。それまでは中也もルナ自身もそのフリをしなくてはならないのだから少しやり辛い。まあ、今回は元々そう云う役での潜入だから、ボロが出る事はないだろう。


重い空気を乗せたまま車は目的地まで走り続けた。





*


そして、辿り着いた高級ホテル。
車は入口の前で止まる。


後部座席から出た中也が車の背後を回り、ルナが座っている側の扉を開ける。そして、黒手袋を嵌めた手を差し伸べた。


「お手をどうぞ、お嬢様」


何時もより畏まった、だが何処か余裕のある口調で笑みを浮かべた中也。その紳士的な対応に役だとは思っていてもルナは一瞬戸惑った…否、照れた。だが、その差し出されたにゆっくりと手を重ねる。


『ありがと』


中也にエスコートされ乍らルナは車から降りて招宴会会場の入口に進む。先に潜入するのはルナと中也だけ。蓬莱健介と接触して様子を見る為である。


ホテルの中に入り、辿り着いた招宴会広場。
5米以上の高さを持つ天井には硝子細工のシャンデリアが美しく光を灯しており、広場全体を英風な舞踏会のような印象を持たせている。シルクの白生地に並ぶ色とりどりの料理と葡萄酒。


『おぉ、思ったより豪華。龍ちゃんが苦手そうな雰囲気だよね』

「だな」


小声で話し乍ら中へと進んでいくルナと中也。来賓の数も此処の広さの為か一見少なく見えるが、そうでもなかった。中には有名な政治家だったり、大企業の社長だったり、新聞などで見かけた事がある権力者達が居る。その中の大体は表向きとは違って裏で闇社会に手を染めている者は少なくない。ポートマフィアが参加するだけの招宴会だ。若しかしたら、敵組織の頭目とバッタリなんて事もあるかも。笑えないが。


「失礼、お客様。御見かけしないお顔ですが、何方様で御座いましょうか?」


燕尾服に蝶ネクタイ、片眼鏡モノクルを掛けた如何にも執事と云った風貌の男が頭を下げ乍らルナ達の前に立った。この招宴会の幹事の一人だろう。


「この御方はポートマフィアの現首領森鴎外様の御息女であるルナ様です」


中也が幹事の男にまるでリハーサルを何度もやったかのような淀みのない話し振りでルナを紹介した。流石はマフィア幹部とも云っておくべきか。中也のその紹介に幹事の男は一度目を見開いた後、顔色を変えて深く頭を下げる。


「かのポートマフィア様で御座いましたか。大変失礼を!今、主催人である蓬莱健介様を呼んで参ります。少々お待ち下さいませ」


速足で駆けて行った男。その後ろ姿を無言で見送った二人は一度目を合わせる。


「潜入は上手くいったな」

『凄く複雑だけどね。何で何時もあのロリコンの娘で通るんだろう私』

「雰囲気じゃねェか?何となく似てるしよ」

『え、待って。それ本気で云ってる?』


雰囲気があのロリコンと似てる?
冗談じゃない。似てたまるか。


溜息を吐いて視線を横にずらした。
テーブルの上に置かれている豪華な料理とデザート……、とても美味しそうである。


ルナが料理に目を奪われ涎が垂れそうになっているのを見て、中也は呆れた表情を浮かべながらルナの手を軽く引っ張った。ルナが首を傾げて中也を見上げる。


「お嬢様、興味持つならせめて彼方にして下さい」


視線で中也が指した方に目を向ければ、音楽に合わせて男女のペアが踊っていた。ゆったりと流れる洋楽に合わせて女性のドレスが舞う。それを引き立てるようにエスコートする相手の男も滑らかなステップを踏んでいた。


「色気より食い気なんて、お嬢様失格ですよ?」

『……踊りなんてしないもの』

「ふっ、確かに」

『莫迦にしてるでしょ?私の護衛人ボディーガードの癖に』

「これは失礼」


片目を閉じて悪戯な笑みを浮かべる中也にルナは頬を膨らませて睨み上げた。そして、ドレスに隠れた足で中也の足を踏んでやろうと軽く足を上げた。


たがその時、此方に向かってくる一人の男が目に入った。ルナは静かに足を元の場所に戻す。


英国風なスーツ。日本人なのに後ろに流した黒髪と整った顔立ちが何処か異国な貴人を思い起こさせる。爽やかな笑みを口元に浮かべてルナの前に立ち頭を下げた。


「お初にお目にかかります、マフィアの御令嬢レディ。私の名は蓬莱健介。この度は私の帰国招宴会にご参加して頂き光栄に思います。一つ、ご挨拶を」


跪いて手を差し伸べた蓬莱健介。


ルナはロング手袋を嵌めた片手をそっとその手に添えた。そして、手の甲に落とされた口付け。


中也は一歩後ろでその様子を無表情で眺める。



「其方は?」


ルナの手を離して立ち上がった蓬莱健介がチラッと中也に視線を寄越して紹介を促した。それに答えたのは中也ではなくルナ。


『彼は私の護衛人ボディーガードよ。御父様が私を一人で招宴会に行かせるのは心配だからって』

「それは、それは。ですが、心配には及びませんよ。この招宴会には警護人ガードマンが沢山配置されてます。セキュリティは安全ですので、どうか今宵は存分にお楽しみ下さい」

『それは嬉しいわ。でも堅苦しいのは嫌いよ。招宴会は羽目外せる方が楽しいもの』

「では、私がエスコートしましょう。盛大なお持てなしを致します」


ルナは美しい笑みを浮かべた。


『ありがとう』


その笑みを見て蓬莱健介が目を見開く。だが、それも一瞬で直ぐに爽やかな笑顔に戻しルナの腰に手を添えた。




____任せたよ、中也。


振り返ったルナが目で中也にそう云った。
囮になるのはルナ。ルナが蓬莱健介の相手をしている間、中也と久坂がこのホテル内を調べる。作戦通りだ。



「(分かっちゃいるが……、いい気分じゃねェよなそりゃあ)」


蓬莱健介にエスコートされ乍ら笑みを浮かべるルナを眺めて、中也は一人心の中で呟いた。



突然、耳に付けた無線機が発信を知らせたので、中也は片耳に付いてあるそれに指で触れる。聞こえたのは久坂の声。


〈中原幹部、待機場所に配置しました。何時でも潜入出来ます。……幹部?〉


応答しない中也に無線機から心配そうな久坂の声が響いた。


「……直ぐ行く」


一言そう告げた中也は自分以外の男に笑いかけるルナから視線を逸らすように踵を返した。





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