第五章 死んで花実が咲くものか




爆発が起き、抗争が開始してから約一時間。


地上で銃撃戦が行われて、そろそろ敵組織の輩も減ってきた頃だった。中也は無線機から聞こえるザァザァという雑音に苛つき乍ら手に力を込める。その瞬間、ぐしゃっと潰れた紙。


「チッ、何処にいやがンだルナの野郎」


中也が渡された紙にルナの配置は記入されていなかった。だが、それは問題ない。首領の専属護衛であるルナは抗争において明確な位置は決まっていない事が多いからだ。中也が苛ついている訳は他にある。それは今朝から、つまりは抗争が始まる前からルナとは音信不通だったからだ。


「中也さん」


不機嫌丸出しの中也に声を掛けたのは芥川。「あ"ァ?」と低い声で返事をした中也に臆する事なく、無表情のままでいる芥川は言葉を続けた。


「先刻二番地のビル内で銃撃があったと報告が入りました」

「二番地?爆発したビルのとこか?」

「いえ、その爆発した向かいのビルです。そのビルは一週間前から改装工事を行っており人は誰も出入りしていなかったようですが、爆発後銃を武装した男達が入って行ったのを目撃した者がおります。恐らく敵組織の輩かと」


芥川の報告を聞いて中也は考えるように顎に手を当てた。彼処にポートマフィアの構成員は配置されていない。なのに何故敵組織の奴等は武装してビル内に入ったのか。暫く中也は思考を巡らせた後、「他にそのビルに入った奴はいるか?」と芥川に問う。


芥川は真剣な顔の中也を不思議に思いながらも頷いた。


「一人黒髪の少年が入って行った、という情報を耳にしました」


芥川のその言葉に中也は確信した。武装してきた男達がそのビルに入った目的。そして___。


「ルナが居ンのはそのビルだ」

「ルナさんが?」


芥川もルナの居場所は気になっていたので、中也の口から出てきた言葉に驚く。何故、そんな場所にルナがいるのかと。それよりも気になったのは何故マフィアの構成員さえ知らないルナの居場所を敵組織の奴等が突き止めたのかだ。


「奴等には情報屋がいやがる」


この抗争にはまだ何か裏がある事を感じ取った中也はルナがいるであろうビルに向かって歩き出した。






**



階段を上りきったルナは一つの扉を開けた。


広々とした屋上。


先程よりも低くなった夕日を眺めながらルナは扉と反対側の場所まで歩きそこに少年を下ろした。


足の力が入らないのかその場に尻餅をついた少年は俯いたまま此方を見ようとはしない。ルナは少年から目を離して地上を眺めた。救急車と消防車が騒がしくサイレンを鳴らしているところを見ると、銃撃戦は終わったようだ。流石は首領が考えた編成と配置。地上の敵を殲滅し終えるのはそう時間は掛らないだろう。


「俺の所為で関係のない人が死んだ…」


ルナの耳に入ってきたのはか細い少年の声。視線だけを其方に向ければ、自分の服を握りしめて蹲る少年の姿。小さい体がさらに小さく弱々しく見える。


『もう私を殺すのはやめたの?』

「…俺も人殺しだ」

『私を殺して結局は人殺しになるから、誰を殺したって同じじゃない』

「お前を殺したら……、俺も死ぬつもりだったんだ」


齢の割には物騒な事を考えるなぁ、と思い乍らルナは苦笑する。


「復讐し終わって俺も死ねば母さんも父さんも喜ぶと思った。でも、お前の云う通りだ。そんな事してもきっと喜んでくれない。むしろ、関係のない人を殺した俺を酷い息子だって悲しんでる。それなら、一層……一人で死んだ方がマシだ」


この少年は何故こんなにも感情を動かす事が出来るのだろう。ルナは少年の言葉を聞きながら、頭の片隅でそんな事を考えていた。


両親を殺されて憎しみと復讐心を抱いて私を殺しにきた。だが、他の誰かを殺してしまった事を後悔して、自分を恨んだ。そして今度は自分を殺そうとする。結局、彼の恨みと憎しみは何処へ行くのか。


やっぱり、私には判らなかったみたい。


『なら、此処で死ぬ?』

「…え?」


ルナの言葉に顔を上げた少年。目を見開く少年の襟を掴み上げてルナは少年の体を屋上の縁へと傾けた。爪先だけがすれすれに地面に付いている状態。背中に感じる風を感じた少年は気付いた。もし今ルナが手を離したら自分の体はこの高いビルの上から落ちるのだと。そして、簡単に死ぬと。


冷たいオッドアイの瞳で見下ろすルナを少年は恐ろしいものを見るような目で見た。冗談でないと判ったからだ。初めて本物の死を感じた瞬間だった。


『正直に云って私に君を助ける理由なんてない。寧ろとっとと殺しちゃった方が楽だし。君が自分の命を捨てる事は簡単だよ』


私がこの手を離せば少年は再び私を恨むだろうか?
私への憎しみを取り戻すだろうか?


恨みや憎しみは消えないだろう。
大切な人を殺した者へのその情は決して。


消えない筈なんだ……。


でも、私の口から出たのは自分でもよく判らない言葉。


『死んだ者は喜ばないし悲しまない。でも、君はまだ生きている。悲しみも憎しみも喜びも感じる事が出来る。それなのに死を望むと云うの?』


少年は目を丸くしてルナを見つめた。
それはルナが少年に云っているというより自分に云っているように見えたからなのかもしれない。


『死んで花実が咲くものか。生きていれば屹度いつか何よりも大切なものが出来るかもしれないのに』

「大切な、もの?そんなもの本当に見つかるのか?」

『うん、屹度見つかる。生きていればね』


その言葉は少年の心に響いた。
死を望む目が生を求めるものに変わった瞬間だった。


「俺は生きたい!死んでたまるか!父さんと母さんの為にもしぶとく生きてやる!」


ルナの手首を掴んだ少年は叫んだ。力の限り。ルナの細い手に跡が付くほどに。ルナはそんな少年の姿を見て、小さな体を引っ張った。引っ張られた勢いのまま屋上の地面に手をついた少年。


『なら、先ずは彼奴らを倒さなきゃね』


ルナがそう云ったと同時に扉が開け放たれ、先程の男達がゾロゾロと入ってきた。


「もう逃げられないぞ。二人仲良く死んでもらう」


ルナは冷や汗を垂らす少年を見据えてから、視線を横へと逸らした。誰かが此方のビルに向かってきている。その人物は変わった白髪に四肢がまるで虎のような少年。ルナは笑みを零した。



**


「まさか抗争中だったなんて」


敦は鏡花と共に街を走り回っていた。仕事を終えた二人は矢張り少年の事が気掛かりで街の中を探し回っていたのだ。だが、少年を探している時に急に聞こえてきた爆発音。その音の方に向かえば其処は銃撃戦が繰り広げられていた。


転がる死体には一般人のものも含まれる。
もし、少年がこの抗争に巻き込まれていたら?そう思うと少年の安否が余計心配になった敦。拳を握りしめる敦を見て鏡花は何か言葉を掛けようとしたがそれは喉の奥で止まってしまった。


ふと、鏡花がの上を見上げる。そして、視界に入ってきたそれに目を見開いた。


「あれ!」


鏡花が指を指した方向を敦も見上げた。爆発したビルの向かいのビル。その屋上に少年とルナの姿があった。それは今にもルナが少年を屋上から落とそうとしている光景。


「助けなきゃ!」


敦は異能で自身の手と脚を虎化させてその場から飛び上がった。数十米の跳躍。ビルの高さを物ともしないその跳躍は一瞬でルナたちの方へと向かっていった。



**


此方に向かってくる敦の姿を目で捉えたルナは少年を手刀で気絶させた。傾く少年の体を片手で受け止めたルナは屋上に着地した敦に歩み寄り少年を渡す。


『この子を宜しく人虎君』

「何で?この子を殺すつもりだったんじゃ…」


敦は驚いていた。ルナが少年を此処から落とさなかったからだ。今にも手を離して少年を殺そうとしてたのに。


『殺すつもりはないよ。あの時、中也がそう云ってたじゃない』


にこりと人当たりの良い笑みを浮かべたルナ。だが、『さーてと』 と背を向けたルナが銃を構えた男達に向き直る。血のように赤い瞳が怪しく光った。


先頭の男が先ほどと同じように片手を上げた。一斉に放たれた銃弾。敦は気絶している少年を守るように覆い被さる。


『おいで、イヴ』


黒い影が銃弾を弾き飛ばした。
地面に転がる銃弾が音を立てて落ちていく。
そして、黒い影は徐々に姿を形作り巨大な白銀の狼へと。



咆哮が横浜の街を揺らす。


本物の化け物。


それを目の当たりにした男達は腰を抜かして、恐怖に震えた。


そして、あっけなく肉塊になった。


血溜まりができた屋上。
残虐な殺戮を敦は動かずに唯眺めていた。


敦の頭の中で数日前の事件の光景と今目の前の光景が一致した瞬間だった。




**



ルナと敦、そして気絶している少年は男達の死体が浮かぶ血溜まりが出来たその場から隣のビルの屋上へと移動した。


『お疲れ様』


イヴの大きな鼻を撫でてそう云ったルナはポケットから携帯を取り出してそれを耳に当てる。


『首領、終わったよ。掃除の班を願い。うん、それじゃ』


ルナが通話を切った時、少年が首の痛みに顔を歪めながらゆっくりと瞳を開いた。その瞬間にイヴはその場から消える。


「大丈夫?」

「アンタは探偵社の…」


まだハッキリしない頭で少年は敦を見上げたがハッと目を覚醒させてルナの方を見た。


『抗争は終わったよ』

「アイツらは?」


ルナは笑みを浮かべたまま何も云わない。代わりに少年にゆっくりと近づいてナイフを差し出した。


敦は目を見開いてルナを見た。だが、少年はそのナイフをジッと見たまま動かない。


『私を殺せる最後の機会チャンスだよ?』


ルナは動かない少年の手にナイフを握らせた。ルナが避けなければそれを使い慣れていない少年でも当てる事ができる距離。


だが、少年はナイフを手から離した。


「俺には何年経ってもお前を殺せない。父さんと母さんを殺したお前を許す事はこの先出来ないけど、お前が俺を助けてくれたのは事実だ。それに、“死んで花実が咲くものか”だろ?」


少年は顔を上げてルナを見た。もう憎悪の情はその瞳の何処にもなかった。あるのは一つの光。


「菊池ルナ!お前が云った事絶対に忘れない。生きて大切なものを見つけてやる!でも、もし見つけられなかったその時には、今度こそお前を倒しにいくからな!」


立ち上がってビシッとルナに指を向けた少年。そこには年相応の無邪気な笑顔。
憎しみと悲しみから解放されたその瞳は生きる輝き放っていた。






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