第五章 死んで花実が咲くものか



__時刻は昼過ぎ。


敦は今現在ある店の列に並んでいる。しかし、その店の前は長蛇の列が出来ており、最初来た時はこれを並ぶのか…、と溜息を吐きそうになったが、彼はお使いの身。文句を云えるはずもなく仕方なく最後尾へと並んだのが数時間前。


時間が経つに反してなかなか列は減らずこの人数では目当ての物が買えるかも不安になって来た頃。


だが、僕は此処で諦めるわけにもいかない。何せ、乱歩さんが絶対買ってきて、と絶対を強調して云ってきたのだから。


そして、やっと近付いてきた店の前。しかし、進んで行く列とは反比例に僕の後ろにも沢山の人が並んでいた。屹度、誰もが目当ては同じなのだろう。


僕は自身の手にある一枚の紙を見る。“贅沢シュークリーム!1日限定!”と書いてあり、それはイラスト付きでとても美味しそうなシュークリームが描かれている。そして、その1日というのがまさに今日なのだ。


そして、更に数時間後。


やっと僕の前まで順番が回ってきた。お店の人に贅沢シュークリームと云う名のスイーツを頼む。乱歩さんは沢山買ってきてと云っていたが一応、6個くらいでいいだろうか。


美味しそうなシュークリームが箱の中に入れられ、渡させる。確かに美味しそうだった。こんなに並んだなら僕も少しは食べたい…と思ったが、どうせ乱歩さんが全て食べてしまうのだろう。


そんな事を考えながら渡された箱を手に帰ろうとした。その時___。



『な、な、何ですとぉぉおお!!』



後ろから凄い絶叫が聞こえ、一瞬肩をビクつかせてしまった僕は何だ?と振り返った。其処には先程並んでいたお店の前にいる少女。


『う、売れ切れ……?そんな事、あるんですかぁ?目の前で?』

「申し訳ございません。もう全て在庫が切れてしまっていて」

『そ、そんな。今日の為にカレンダーにグリグリに丸をつけ、ずっと楽しみにしていた念願のシュークリーム。贅沢とはまさにその言葉が似合うような、苺にラズベリー、ふわふわの生地が甘い生クリームを優しく包みこんでいるようなそんな可愛らしくも、もう芸術と云っては過言ではない幻のシュークリーム……そんな子がもう、…一つも、無いんですか?』


まるでテレビ番組の食レポのような台詞を長々と語った彼女にもはやお店の人は「も、申し訳ございません。またの機会をお待ちくださいね」と笑顔を引きつらせていた。


『お姉さん!ほんとは、ほんとはもっと朝一で!いや昨日の夜中から並ぶ予定だったんだですよ!この幻のシュークリームを手に入れるためなら例え睡眠時間を削ったとしても何としても私は最前列に並び、そして誰よりも疾くそのシュークリームをこの手で崇めて食べる筈だったんです!!それを、この完璧な予定をあのロリコン中年オヤジの所為でッ……!』



シュークリームが売れ切れた事……否寧ろ彼女の異質さに引いた人達ががはけて行く中、その少女だけがその場にがっくりと膝をつけ、地面に拳を打ち付けている。しかも、『あのロリコン中年オヤジ、恨む、呪ってやる、』と物騒な台詞をブツブツと呟きながら。



暫くそのままブツブツ呟いていた彼女はゆらりと立ち上がり、今度はふらふらと歩き出した。


僕はそのシュークリームを6つも買うことができた。恐らくだが、僕ので最後だったのだろう。それを僕が買ったばかりに彼女は買えずじまい。僕の前をとぼとぼと効果音がつきそうなくらい力なく歩く彼女が過ぎていく。なんだかその悲しそうな背中が可哀想に見えてきた。



僕は小走りにその少女を追いかける。



「ねぇ!そこの君!」



僕の声に少女は振り返る。その瞬間、ギョッとした。何故なら彼女は大きな瞳からポタポタと涙を流していたのだから。


「(そ、そんなにシュークリームが欲しかったのか)」


心の中でそう呟いた僕。彼女は涙を拭うこともせず、そのままの状態で長い溜息を吐いた。


『ナンパなら今度にして。今は誰とも話したくないの』

「ナンッ!?ち、違うよ!これ、よかったらと思って」


何かとんでもない勘違いをされていたので慌てて訂正する為に先程買ったばかりのシュークリームの蓋を開け、彼女に見せる。だが、彼女はきょとんとしながら暫くその箱を見つめていた。


「あ、あれ?君が欲しいの、これだよね?さっき彼処のシュークリーム屋さんで……」

『幻の、シュークリーム』

「あ、うん。贅沢シュークリームだよ。1日限定の」


彼女は先程から『幻のシュークリーム』と名付けているが多分僕が買ったのと同じだろう。先程の会話もとい叫びを聞いて入れば。


『くれるの?私に』

「うん。僕はお使いの身だし、一個くらいなら。どうぞ」


敦はニコッと微笑みながらそのシュークリームを不思議な髪色をした彼女に差し出した。



そして、その瞬間___。



彼女は敦が箱を持つ手を握った。
急なことに驚いた敦を余所に彼女は叫ぶ。



『天使ィィィ!!!』

「て、天使?」



先程の涙は何処へやら満面の笑みで叫ぶ彼女の声がその場に響いた。



**




『んん~♪美味しいィ!!』

「そ、それはよかった」


僕と彼女は近くの公園で腰を下ろす事にした。彼女曰く幻のシュークリームをまるでリスのように頬張りながらシュークリームを咀嚼する彼女に苦笑する僕であったが、こんな喜んでくれるならあげて善かった。

そして、シュークリームをペロリと食べた彼女は『美味しかったぁ!有難う天使君!』と満面の笑み。天使とは僕のことだろうか?


「僕は中島敦。君は?」

『菊池ルナだよ。宜しくね』


はい握手、と手を差し出してきた彼女の手を「宜しく」と、握り返す。それにしても彼女の髪は変わった色をしている。薄緑っぽい水色で毛先の方だけが白銀だ。


僕がじっと見ていたからか彼女も大きなアメジスト色の両眼で此方を見て、にこりと…。よく笑う人だ。僕は無意識にその瞳から目が離せなくなっていた。何故だろうか。彼女と目を合わすとまるで心の奥底を見られているような気になるのは。


漸く視線を離させたのは僕の携帯の音。


誰だろうと確認すると画面には“国木田さん”という表示。隣に座るルナちゃんに「ちょっとごめんね」とだけ伝え、応答をタップした。


「もしもし」

「敦、今何処にいる?」

「えっと、港近くの公園です」

「お使い帰りに寄り道かこの阿呆が。まだ仕事中だろう貴様」

「す、すみません!直ぐに戻ります!」


お怒りの様子の国木田さんの声に見えないけど頭を何度も下げてしまうのは不可抗力だ。電話越しから溜息を吐く声が聞こえてビクビクしてしまう。帰ったら説教かもしれない。だが、国木田さんは「まあいい」と落ち着いた声でそう云った後、「今、依頼人が社に来てる。直ぐに帰ってこい」と電話を切られた。


「ごめんルナちゃん!僕行くね」

『何処に?』

「仕事場に戻るよ。依頼人が来たみたいで」

『そっか。シュークリームありがと。お仕事頑張ってね』

「うん。それじゃあ、さようなら」


彼女と出会うのはこれで最後になるかもしれない。


出会いは突然で、直ぐにお別れしちゃうけど、何だか、“友達”と云うものが出来たみたいで嬉しいと、この時の僕は思っていたんだ。


『またね、人虎君』


去っていく敦の背中にルナはそう云って笑った。




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