第四章 恋路に在りしは恋敵




ルナはソファに寄り掛かり乍らシュークリームを頬張る。右手にはシュークリーム、左手には一枚の伝言メッセージカードを持って。


小さな紙には【新作のシュークリームを贈ります。今度、感想を聞かせて下さい】と書かれていた。


前に行きつけの店で会った若い青年。
あれから何度かシュークリームを買いに行く度に顔を合わせている。彼はいつも新作のシュークリームを作っていてルナが食べれば嬉しそうに微笑むのだ。そして、シュークリームを贈ってくれる事も多くなった。


しかし、そんな彼の本当の気持ちを気付かないルナは鈍感なのか興味がないのかは定かではない。


ルナがカードを見ていればスッと手元からそれがなくなった。


「毎度こんな手紙ついてきてたのか?」

『あ、中也』


振り返ればソファの後ろにいた中也。書類を手に持っているところを見るとまだまだ仕事は終わらなさそうである。


『まあ、大体は』


ルナの返答にふーんと興味なさそうにカードを眺めながらそれをルナに返した中也は「結構マメな婆さんだったんだな」と云って部屋を出て行った。


『……婆さん?』


ルナは返されたカードと中也が出て行った扉を見比べながら首を傾げたのだった。




***



僕がパティシエを目指していた頃。
一番最初に教えられた言葉があった。


お菓子を作る時は誰かの事を思い浮かべながら作りなさい、と。
自分のお菓子を美味しいと云って喜んでくれる誰かの為に、その人の事を考えながら作れば、自ずとお菓子は美味しく作れるのだと。


僕は初めてその言葉を教えられた時成る程なぁと納得していたが、本当の意味を判っていなかったのだと思う。


何故なら、僕は自分が好きなお菓子作りを自分の為にしていたのだから。他の誰にでもなく自分の為に。


でも、彼女に出会って漸くその言葉の意味を理解した。そして、初めて思った。


彼女の為にお菓子を作りたいと。


毎日、彼女を思い浮かべ乍らお菓子を作るのは楽しい。次に彼女が店に来た時は前よりももっと美味しいシュークリームを作ってあげよう。


いつの間にか、僕の頭の中には彼女だけで一杯になっていた。



『シュークリーム下さい!』


その声が聞こえる度に高鳴る胸の鼓動を感じ乍ら店頭に行く。僕が作ったシュークリームを持って。


「こんにちは、ルナちゃん。今日も試食できるけど食べていく?」

『食べます!』


元気よく手を挙げたルナちゃんに微笑みテーブルへと案内する。早速食べ始めたルナちゃんを見詰めながら僕も彼女の向かい側の椅子に腰かけた。


「ほんとシュークリーム好きだよねルナちゃん」

『うん大好き!』


その可愛らしい笑顔に再び心臓が射抜かれる。顔に熱が溜まるのを誤魔化しながら「そ、そう云えば」とずっと訊きたかった質問をしようと口を開く。


「どうしてルナちゃんはシュークリームが好きなの?ケェキとかマフィンとか他のスイーツもあるけど」

『ああ、それはね』


唯、単純に問うた質問だった。
けれど、訊かなければ良かったと後悔したのは彼女が答えた後のことだ。


『中也が初めてくれたお菓子だったから』


彼女の答えは明確ではなくて、理解するのに数秒は有したと思う。でも、その言葉の意味を理解するより先に理解した事。彼女の口から出た、“中也”という名前。その人が彼女にとって大切な人であるという事。


彼女の表情、口調、雰囲気。
全てから感じられるその人への想い。


それに気づいた時、高鳴っていた胸がズキズキと痛んだ。


「……そう、なんだ」


発した言葉は力なく、掠れている。


僕の想いは届かないかもしれない。
けど、だけど諦めたくはない。


「ねぇ、ルナちゃん。明日の夕方、近くにある公園に来て欲しいんだ」


君に、伝えたい事があるから。




***





__夜。


太陽が沈み、辺りが闇に包まれる時間帯。


夜風が通り抜ける或る建物の屋上。
其処に置いてある柵にルナは寄り掛かっていた。


手には血の付いた短刀。それを手拭いで拭き取れば、布は白から赤に染まっていく。


ルナの足元には力なく横わる死体が一つ。
それは頸動脈が綺麗に切られていて、地面には血溜まりができていた。


地面に転がる死体をまるで道端に転がる小石のように一切目もくれずに短刀を磨き続けるルナ。


だが、ルナは短刀を目から離した。それは誰かの足音が聞こえてきたからだ。闇に紛れながら現れた彼にルナは微笑む。


「そっちは終わったか?」

『うん。簡単だった』


中也はルナの足元に転がる死体に目を向けた。ライフル銃を手に生き絶えた男。この男は敵組織の狙撃手スナイパーだ。


中也が部下を連れて敵組織と抗争をしている最中。このビルからポートマフィアの構成員を狙っていた奴が此奴だ。この男の気配に気付いたルナが中也とは別行動を取り始末した。


狙いを定めていた狙撃手の背後に気配なく現れたルナ。ポートマフィア随一の暗殺者のルナがこの男を殺すのはいとも簡単な事。


そして、任務を終え車に乗り込んだルナと中也。ルナは頬杖をつきながら窓の外を眺める。キラキラと光っていて幻想的に見える横浜の街。美しい街だが、今日みたいな小規模な抗争はよく起こる。それを鎮圧するのがこの街の夜を取り仕切るポートマフィアの役目だ。


『お腹すいた…。ねぇ、シュークリーム頂戴』

「莫迦かそんなモンあるわけ」
「あ、此処にあります」

「あンのかよ!?」


急なルナの要望に対応出来ている黒服の構成員は優秀である。彼はそこそこ古株の方であるからだ。つまりは慣れである。


ルナは渡されたシュークリームを嬉しそうに頬張る。任務の帰り途中ですらシュークリームを食べているルナの姿を見て中也は溜息を零した。


「ンとに、好きだな手前。そんだけ食ってよく飽きねぇなァ」

『ふいあい』

「飲み込んでから喋れ」


美味しそうにもっ、もっ、と食べているルナを見て愚問だな、と呟いた中也はふとルナの頰にクリームが付いているのに気が付いた。それに気付かずもう一個を手に取ったルナに餓鬼か…、と呆れながらもルナの方へと手を伸ばした。


そして、ルナをこちらに向かせて頰についたクリームをペロリと舐めとった中也。目を丸くしてポカンとするルナを揶揄うように笑った後、「ついてんぞ阿保」と額を小突いた中也は窓の外へと視線を移す。


ルナはと云うと頰を赤く染めながら『気を付けます』 とボソボソと呟く。


先刻まで殺伐とした抗争中だったと思えない程の甘い雰囲気。



後部座席に座る上司二人のそんな雰囲気に運転している構成員はなるべく存在を消すよう努力し乍ら拠点まで運転をし続けたのだった。つまり、これも慣れなくては出来ない事である。






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