第十七章 暗夜に告げる黎明の奏で




煌びやかなオークション会場。


入口に踏み込めばそのオークションの規模が窺える。礼装に身を包んだ黒社会の連中が、会場に降り立った者達をどんな組織か探るような目つきを配らせる。疑心暗鬼が詰まった場の雰囲気は重苦しい。


「はぁー、この空気本当厭になるよ。疾く終わらせて帰りたいなぁー」

「(チッ、五月蝿ぇな此奴)」


隣で欠伸を零しながら歩く相棒に舌打ちを零して中也は会場の見取り図を見た。今回、中也が出品するホールは第14ホール。此処より上階にある。早めに行ってホールの様子を確認しておきたかったのだが、連れの相棒は相変わらずこの調子であった。


今回、中也の目的はただオークションに参加した訳ではない。ポートマフィアの準幹部として今回のオークションで結果を出す事が目的だ。そして、此処で意味のある結果を残す事こそ五大幹部に昇格する為の一歩でもある。


「おい気合い入れろや。ンな呑気な態度でいやがると命落とすかもしれねぇぜ」

「それは楽しみだ。私の長年の望みが叶うかも」


一発その能天気な頭に拳骨を入れてやりたかったが、何とか耐える。一々太宰の発言に振り回されていたら、堪忍袋が幾つあっても足りなくなるだろう。


「(首領は別行動されてるし、俺は俺の仕事を遂行しなきゃな)」


首領の護衛は専属護衛であるルナが行なっている。この闇に染まったオークション会場で影武者でもなく、首領本人を参加させる事に肝が冷える思いだ。だが、その重積を一番に背負っているルナの事を思うと、たかが競りで失敗した何て結果は口が腐っても云えない。


「此処が見せ場ってもんだろ」


中也は自身に喝を入れ、拳を握り締めた。


「おう、おう。気合い張ってるな小僧共」


一人意気込んでいた中也にそう声を掛ける男がいた。中也と太宰は後ろを振り返る。


そこにいたのはガタイの良い背の高い男。大きな大刀を背中に担ぎ、頭には布が巻かれている。特徴的なのは顔に彫られている雷の刺青。その男の姿と纏う雰囲気には貫禄があった。


「“雷光”の旦那。アンタも今回、競りに参加するのか?」


組織に知れ渡る彼の名は“雷光”。
ポートマフィアの現五大幹部の一人。


「否。今回乃公おれは見物だ。良い品があれば競り落とすのも悪くないがな。中也、お前は今回出品するんだろ?頑張れよ」


“雷光”はズカズカと大股で中也に近付き、まるで近所の親しい子供にするような手つきで中也の頭を撫でた。


餓鬼扱いされた事に中也は眉を顰めてその手を軽く払い除けた。その反応を楽しむように“雷光”は笑う。


「アンタ程オークションに似合わねぇ奴はいねぇな」


中也がそう云ったのは“雷光”の性格を知っているからだ。

彼はその名の通り、いかづちのような男だ。闇夜の中でさえその存在感に誰もが圧倒される。実力は五大幹部の中でも上位で、その闘い方はまさに戦争の中を駆ける雷の如く凄まじい。

だが、飾らない性格の為か組織内の人望も熱く、カリスマ性もある。今の五大幹部の中で最も権力があると云っても過言ではない。そんな彼に憧れる構成員は多い。斯くいう中也も密かに彼に憧れる一人だった。


「まぁな。正直オークションなんてモンに興味はないが、首領が参加されるんなら五大幹部の乃公が拠点でお留守番って訳にはいかないだろ」


このオークションの参加者には暗殺者や殺し屋、誘拐屋等がゴロゴロと転がっている。そんな会場に組織の長が参加しているのだから構成員にとっては気が抜けない。


「それに、首領の護衛があの小娘一人では心許ないからな」


中也の横を通り、足を進めた“雷光”は背を向けたままそう云い残し、去っていった。


小娘とはルナの事だろう。中也の脳裏にルナの姿が過ぎる。自分の仕事も大事だが、矢張り一番は首領の身の安全を守ることだ。それを今ルナ一人が行っているのだから、五大幹部である彼がそう思うのは仕方ない事だろう。



去って行く“雷光”の背中は相変わらず大きく逞しい。中也がその背中を見送っていれば、隣にいた太宰が中也の顔を覗き込んだ。


「“雷光”さんは鳴呼云ってるけど、油断しない方がいいよ中也。あの人は人の成果をちゃっかり自分の手柄にしてしまうような人だから。気付かぬうちに足元掬われてしまうよ」

「手前に助言なんかされなくても判ァってるよ」

「そ?ならいいけど。五大幹部昇格を目指して、精々精進し給え。私は適当に時間潰してるから」


ひらひらと片手を振りながら去っていく太宰。その暢気な背中に舌打ちを零して中也は彼とは違う方向に歩き出した。肩に下げていた鞄が音を立てる。商品の宝石が入った鞄。この鞄の重みが増えるか減るかは中也の実力次第。


太宰に助言されたからでは決してないが、先程よりもしっかりとした足取りで中也は目的のホールへ足を進めた。




***



「一億!」

「三億!」

「四億五千!!」


高らかに鳴り響く歓声。声をあげて額を叩き出す者達の熱気がホール全体に沸いている。大の大人達に囲まれて、この場に不釣り合いな小柄な少女は無表情に熱気溢れる会場を眺めていた。


「見学だけでは飽きてしまうだろう。何か目に留まるものでもあれば競り落としてあげるよ?」


隣に座っていた森がルナに聞こえる声でそう云ったがルナは考える間もなく首を横に振った。


森の手には既に競り落とした商品が幾つかあった。それはどれも幼女を着飾る為の品ばかり。先程から隣で「あれはエリスちゃんの可愛さが今一引き立たない」と至極真剣な顔で品定めをしては、自分の好みの品があれば物言わせない額を提示して即競り落としている。


このホールに集まるのは好色な親父ばかり。何故そんな物に大金が動くのか。世の中にあるものの価値とは全く持って謎である。


奇妙な熱気が溢れるホールでルナは音にならない息を一つ吐き出した。










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