第十七章 暗夜に告げる黎明の奏で



それは、闇社会の乱費、豪遊。


各地から集まる裏社会の組織が、出所不明の裏資金を撒き散らし、欲望が詰まった品を競り落とす。


黒社会の最大オークションが数年に一度開かれる。



そのオークションの或るホールで歓声が喚き起こった。


「懸賞金は千億!!


それが与えられる賞金である!!


今宵、このオークションでこれ以上の品があるだろうか!


この台にその首を乗せた者に名誉と賞金を!さあ!


その命を刈り取れ!刈り取れ!



———————“闇の殺戮者”のその首を!」


会場に喚き起こった歓声の全てが殺意の色に染まった。




———————その24時間前———————






「この宝石も素敵!あ、こっちも!」


航空機内の中、楽しげな幼女の声が響き渡る。その隣では顔を綻ばせ、頬をだらしなく下げた森が幼女の声に相槌を打っていた。幼女の反対側の森の隣では、対照的な無表情な少女が座っている。


「ルナちゃんも何か欲しいのはあるかね?ほら、ご覧よ。この装飾品とか」

『いらない』


バッサリとそう云ったルナに森は肩を落とす。その様子を向いの席から見ていた中也が顔を引き攣らせ、太宰は呆れたように溜息を吐いていた。


彼等を乗せた航空機は今或る場所に向かっていた。


裏社会の最大オークション。


裏社会組織の重鎮が集まる程の規模を持つそのオークションの会場は誰の所有権も持たない孤島にある。


敵対する各組織が権力と矜持、財力と名声を見せびらかす舞台。


勿論、常に敵同士の組織が同じ場所に集まるのだから抗争の火種は星の数程ある。故に殺人は当然のように起こりうる。

だが、このオークション会場ではどの組織も火種に自ら引火しようとは思わない。それこそ、管轄機関を持たないこのオークションが数年に一度の頻度で行われている理由の一つだ。


その舞台の壇上に上がり、生き延びる事こそ裏社会に己の組織の名を馳せる事ができる。故に、秩序が生まれる。だからこそ、無闇に抗争が起こる事もないし、敵対組織同士が毒の盛られた盃を片手に笑顔で談笑する事もできる。


そのオークションに参加するのは、ポートマフィアとて例外ではなかった。


「今回、君も出品するのだろう?中也君」

「はい。俺が競りにかけるのは主に宝石ですが、その他にも幾つか」

「宝石はオークションにおいて無難であるが、大金が動く。それ故に掛引も重要だからね。君には期待しているよ」

「有難いお言葉です」


オークションの品は様々だ。宝石、装飾品、珍品、骨董品、財宝。また、臓器や人身売買。何でもありだ。このオークションに参加した者は何を競りにかけてもいいし、何を落としてもいい。だが、どんなに珍しく高価な物であれ、金が動かなければ意味はない。


意味のある額を動かす事が、その組織の技量と云う訳だ。


「太宰君は何か狙ってるものでもあるのかい?」

「私は中也と違って宝石とかには興味ありませんから、人身売買の競りでも見物してますよ。哀れな美しい女性が競りにかけられてるかもしれないし」

「けッ、悪趣味な野郎だ」

「何だい中也。君も欲しい女性がいれば買っておいてあげるよ。どんな女性がいい?」

「いらねぇよ!」


太宰の不躾な提案に叫ぶように即答した中也。機内にその叫び声が響き、沈黙ができた。


中也はチラリとルナを見やる。ルナはその会話を気にしていないのか相変わらず無表情だった。パチリと青い瞳とオッドアイの瞳が交わり、中也は心臓が嫌な音を立てたのを感じた。


しかし、そんな中也の心中を更に騒ぎ立てるように太宰が態とらしくこの話題を続ける。


「そんな遠慮しなくてもいいさ。今の内に女性経験は増やしておいた方がいいよ」

「手前もういい加減口閉じろや!」

「女性経験増やしたいって云ったのは中也じゃないか」

「何時何処でンな事云ったよ!?俺ァ一言も云ってねぇだろうが!!適当な事抜かしてんじゃねぇよ糞野郎が!」

「えー云った癖に〜」

「云ってねぇよ!!!」


中也はもう一度ルナを見た。ルナは変わらず無表情。この会話を如何感じているのか全く判らない。その無表情ながらに真っ直ぐこちらを見ているオッドアイの瞳が中也の顔を青褪めさせていく。もし、ルナがこの会話を間に受けてしまっていたらと思うと冷汗が止まらない。


中也は自分の中にあるルナへの想いを自覚している。だがそれを彼女に伝えた事はない。だからこそ、変な誤解を与えたくない。この話が太宰の嘘で作られたホラ話だとしても絶対に聴かれたくないのに、そんな事をお構いなしに太宰は口を閉じようとしない。


中也は強行突破で太宰の胸倉を乱暴に掴み、その口を閉じさせようと前後に揺さぶる。その反動で機内が激しく揺れたので、流石に傍観者だった森もエリスの耳を塞ぎながら二人を諌めた。


ルナは機内で繰り広げられるそのやり取りを茫っと眺めており、冷汗を垂らしながら必死に太宰の言葉を否定する中也の横顔をただ見据えていた。



そして、ポートマフィア首領、五大幹部、準幹部、その他の構成員が今宵始まるオークション会場に降り立ったのが、その一時間後の事だった。





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