第十四章 あの空をもう一度見れるなら




『直属の部下?』


ポートマフィア首領執務室。


時刻はお昼過ぎ。晴天に煌めく太陽が燦々と街を照らす時刻。海は宝石のように光り輝き、聳え立つ建物は太陽の光を反射している。その美しき横浜を一望できる大きな窓はまるで街という宝石を詰め込んだ宝箱のようだ。


そんな美しい景色を眺めながらシュークリーム片手に午後のティータイム楽しんでいたルナ。しかし、数秒前向かいの椅子に腰掛ける森が発した言葉を首を傾げながら訊き返した。


『え…、誰の?』

「勿論、君だよ」


湯気が立つ紅茶を一口飲んで森が云った。ルナは手に持っていた齧りかけのシュークリームに視線を向け、もう一度森に戻してから手に持っていたそれを全て口の中に放り込む。


『ほむへんなんへそんなもほほ?』

「突然でもないさ。前から決めていた事だよ。首領専属護衛が主な役職と云え、君は首領補佐の肩書きも持っている。つまり上の立場だ。そんな君が直属の部下を一人も持っていないのは如何かと思ってね」


ルナの意味不明な言語を即座に拾い、淡々と答えた森。ルナはシュークリームを呑み込み、机にある紅茶を手に取った。


『首領、今まで私にそんな事一度も云わなかったじゃない』

「君の成長を見越しての提案だよ。厭かね?」

『厭って云うか…』


ルナは言葉を濁しながら紅茶を啜る。思ったより熱かった。


『部下は樋口ちゃんだけでいいよ』

「樋口君は芥川君直属だよ。それに出来れば、君には部下を暗殺者として育てて欲しいのだよ」

『……。』


ルナは紅茶に息をかけるのを止める。中途半端に止めた為気の抜けた空気が尖らせた唇から零れた。


『候補はいるの?』

「否。しかし、今回昇級した人材が多くいる。君がその中から選ぶといい」

『え、まさか一から暗殺を教えんの?私が?』

「元々暗殺を専門としている者もいるけどねぇ。彼等の中から選んでもいいし、やる気があるなら君が暗殺術を教えるのもよし」

『……それはあの人・・・の仕事でしょ』


小さくポツリと零したルナの言葉を森は聞かない振りをした。


ルナは飲み終えたカップを机の上に置き天井を仰ぐ。『私、人に教えるの向いてないんだけどなぁ』と独り言のように呟いたルナに森は首を傾げる。


「そうかい?前に鏡花君を立派な暗殺者に育て上げたじゃないか。ポートマフィアを抜けられるくらいにねぇ」

『それ皮肉なの?首領。抑あの子は暗殺者には向いてたけど、マフィアには向いてなかったんだよ』


天井を眺めながらルナは昔を思い出すように呟いた。森はそんなルナを見据え、苦笑して手に持っていたティーカップを机の上に置き手を組んだ。


「まあ、そう云う事だから考えておくように。明日、昇級した者達の配属を伝達する為、彼等を召集するから少し顔を出してみるといい。良い人材がいれば君の一任で許可しよう」


淡々と話を進めていく森にルナは溜息を吐いて窓の外を眺めた。外は相変わらず晴れやかで憂鬱な気分のルナを嘲笑うかのように雲一つない青空だった。




***



ルナは膝に乗せた腕で頬杖をつく。


静まり返ったエントランス。ルナはフロント台に一人腰掛け、意味もなく床を眺めていた。今ではすっかり日が落ち、夜の闇が横浜を包んでいる。


『はぁ』


ルナは大きな溜息を零す。その溜息の原因は矢張り昼に森と話した直属の部下の件だ。正直なところ直属の部下を持つのは気が進まない。何せ自分の時間が減るのだ。つまり中也との時間が削られる。ただでさえお互い仕事で忙しく一緒にいられる時間も少ないというのに、そこに部下の世話が入れば尚更だ。


『首領は何考えてんだか…』


森の真意はいつも謎だ。いくら考えても精緻の考えを持つあの人を理解するのは無駄だし、ルナ自身も大してそれを探ろうとはしない。文句や愚痴はあれどいつだってルナにとって首領の命令は絶対なのだから。


意味もなく足をぶらぶらと動かしていれば、ふと入口の方に人の気配を感じた。自動扉が開き、外から人が入ってきた。ルナは台から飛び降り、笑みを浮かべた。


『おかえり、中也。任務お疲れ様』


中也が片手を上げて、ルナに返事をする。そのままルナの側まで歩み寄りルナの前で立ち止まった。中也に続いて黒服の男達が自動扉からゾロゾロと入ってくる。その手には短機関銃があった。ルナはチラリと横目でそれを見た後、中也に視線を戻す。


『怪我してない?』

「平気だよ」


任務の後こう訊いてしまうのは仕方ない。どんな任務であれ、矢張り同行できないとなると不安は募る。ルナは中也の返事を訊いた後、微かに鼻を動かした。しかし、中也から血の匂いはしない。そこでルナはほっと胸を撫で下ろして微笑んだ。


『よかった』


頬を緩ませ安心したように笑うルナを中也は見つめる。この笑顔を見ると任務で張り詰めていた糸のようなものが優しく解かれる気がして中也も自然と頰が緩む。その想いに吸い寄せられるように中也は優しく微笑むルナに口付けた。


ルナが驚きに目を開ける。反射でピクリと動いた手に中也の手が重なり、優しく握られた。


『…中也、部下まだいるよ』

「知ってる」


頬を赤くしたルナがキスの合間に視線を左右に動かす。中也の部下達は突然の中也の行動に一瞬固まったが、直ぐに何事もなかったかのように頭を下げて駆けていった。早足で。


部下達が気を遣って捌けて行く間も中也はルナに口付けた。中也らしかぬ行動にルナは少し戸惑う。

最近何だか中也は時場所構わず積極的に愛情表現をしてくれる気がする。今までは幹部の威厳としてか部下の前ではしなかったのに。


まるで自分のものだと見せつけているかのようなその口付けにルナの胸が高鳴った。


「お前この後仕事あるか?」


唇を離した中也がルナの顔を覗き込みながら訊く。赤い頬を隠すように口許をマフラーに埋めてルナは首を振り『ないよ。中也は?』と聞き返す。


「首領に報告したら終わりだ」

『じゃあ、中也の部屋で待ってるね』


微笑むルナの髪をくしゃりと撫でて、また後でな、と片手を振りながら去っていく中也の背中を見送り、ルナも踵を返す。鼻唄を歌いながらスキップで廊下を歩くルナは誰が見てもご機嫌だった。






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