第十三章 Hidden pieces of Heart





「おや、おかえり。ルナちゃん、中也君」


首領の執務室に訪れたルナと中也。笑顔で出迎える森の他に紅葉がいた。テーブルの上には湯気が立った紅茶とティーポットがある。どうやら横浜の景色を眺めながら二人でお茶をしていたようだ。


「首領、この度は長期の休暇を頂きありがとうございました」


帽子を胸に当てて礼を云う中也に森は笑顔で頷く。


「どうだったかね旅行は。何やら大変だったみたいだが」

「嗚呼いえ。首領がお気にされるような事では」


中也と森が話している間、ルナは鞄を漁って買ってきたお土産を紅葉に渡す。


『はい、姐さん。これお土産』

「おお、態々すまぬのう。何かえ?これは」

『入浴剤。最近姐さんハマってるって云ってたから』

「これは良い。早速今夜使ってみるかのう。ありがとう、ルナ」


土産を手に喜ぶ紅葉を見て、ルナは満足気に微笑む。皆にお土産を渡す度に微妙な顔をされたり、キレられたりと何だか期待していたものと違っていて少し不満だったが、漸く満足のいく反応に気分が晴れた。


「ルナちゃん、ルナちゃん」


中也と話していた森がルナに呼びかける。何?と視線を向けたルナに森はにこにこと笑顔で自分を指差した。


「私へのお土産は何だい?」

『……………あ』


ルナは間をあけてから素っ頓狂な声を上げた。記憶を遡り、森への土産を思い出したからだ。森への土産。それは、骨董屋で買った小箱だった。しかし、それは鏡の世界で出逢った少女の祖父が作った物であった。そしてそれは…………。


『ごめん首領。ちゃんと買ったんだけど他の人にあげちゃったや』

「何故だいルナちゃん!?私へのお土産なのに!?」

『しょうがないじゃん。色々あったんだから』

「そ、そんなぁ…」


がっくし、と泣きべそをかいて項垂れる森に中也は慌てて買い込んだ土産を渡す。「嗚呼中也君ありがとおぉ」と泣きながら土産を受け取る森に中也は苦笑してルナを睨みつけた。ルナはそんな中也から目を逸らして『だってしょうがないじゃない』と再度呟く。ルナとてこうなる事を予測していた訳ではない。しかし、それを見越して余分に買っといた中也は流石だ。ルナの尻拭いは完璧である。


『あ、そう云えば私達が旅行中何かあったの?』


ルナは思い出したかのように話を逸らす。先刻黒蜥蜴達に土産を渡した時に漂った雰囲気。詳細は首領から聞いてくれと広津に云われた為、何も知らずにきたが、何やら彼らの様子からはただ事でない感じだった。


中也からの土産を机に置いた森がルナの問いに「嗚呼、もう聞いてたのかい」と椅子に腰掛けた。紅葉は袖で口元を隠しながら静かに目を閉じている。黒蜥蜴とは違って、森と紅葉は冷静だ。


「我々の不在時に何か組織に問題でも?」

「否何、そんな深刻な事ではないのだがね」


硬い表情で問うた中也に森は苦笑しながら指を組む。中也とルナは黒蜥蜴達とは違った首領と紅葉の反応に首を傾げた。


「芥川君には逢ったかい?」


唐突なその問いに中也とルナは顔を見合わせて首を縦に振る。


「はい、先程下で」

『私のお土産が気に食わなかったらしくて怒ってたよ』


ルナが不貞腐れたようにそう云えば紅葉が「恐らく違うと思うぞ」と苦笑する。一体何があったと云うのだ。皆の対照的な反応に首を傾げる中也とルナに森は眉を下げて口を開いた。



「実はねぇ、芥川君が––––––––––––」







***






「『記憶喪失ぅ!?』」



首領執務室にそんな二人の声が響いた。


瞠目して驚く中也とルナは森から聞いた話に耳を疑った。黒蜥蜴達があんな深刻そうな顔付きをするものだから、組織に関わる程だと思っていたが、実際に起こっている事態は想像していた問題とはまるで違う。しかし、安心していいのかどうかは微妙なところだ。


『記憶喪失って、何処かに頭でもぶつけたの?』

「いやぁ、それが判らないのだよね。四日前、芥川君率いる遊撃部隊が任務に行っていたのだけれど、その任務から帰ってきたら既に記憶がなくなっていた。異能力者の仕業か、将又ルナちゃんの云うように頭をぶつけたか。まあ、検査では頭に目立った外傷はなかったがね」


森の話に何とも云えない顔をする二人。あの芥川に限って頭をぶつけて記憶を飛ばす、なんて間抜けな事をするだろうか。


『あれ?でも龍ちゃん、私の事ちゃんと判ってたよ?全然記憶喪失って感じじゃなかったけど…』

「嗚呼、なくなったのは四年前迄の記憶みたいだよ。それ以前の記憶はちゃんとあるらしい。勿論自分の事も判っているし、日常生活には特に問題はないのだけれど。まあしかし、芥川君は自分が記憶喪失である事を認識していないし、彼の記憶は四年前で止まっているから色々と問題はあるがね」


尻目を下げてそう云った森に中也とルナは、まさか…と口角を引き攣らせた。厭な予感が背中を走る。


『…四年前って、まさかさ』

「丁度、太宰君が組織を抜けた頃だね」

『うっわぁ』

「よりにもよって、ですか」

『龍ちゃん史上一番面倒臭い時期だ』


中也とルナは顔を引き攣らせた。四年前、歴代最年少幹部であった太宰が任務を放棄し、失踪した。その後の彼の行方を誰一人として知らず、太宰は組織の裏切り者となった。太宰の部下であった芥川はその事実を受け入れず、あの頃はよく拠点の外を彷徨い、彼の面影を探していた。あの頃が一番芥川が荒れていた時期だろう。誰振り構わず牙を剥いていた気がする。


「まあ、そう云う事だから帰ってきて早々にすまないが、芥川君のサポートを頼むよ。二人とも」


所謂問題児というものに手を焼く教師のように森は眉を下げて微笑した。






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