第二章 過去に抗う者達よ


もう、夜叉白雪は使いたくない。


それは光を求める少女の儚き願い。そしてそれは儚き過ぎるが故に、壊される。


「害獣の血でも飛沫く様は美しいのう。そうは思わぬかえ?愛しの鏡花や」


携帯を握り締めて鏡花は自分を闇の世界へ連れ戻そうとする紅葉に目を向ける。


「何故、貴方が電話を……」

「簡単じゃ。そこの小童が云う業者とやらを刺して吐かせただけの事。まあ、その業者を突き止めたのも其方の携帯にハッキングさせたのも、全て“あの子”の協力を得てじゃがな。其方もよく知っておるであろう?あの子に出来ぬものなどないと」


鏡花の脳裏に毛先だけが白銀に染まった水浅葱色の髪が過ぎる。


「これは凡て其方の為じゃ、鏡花。孰れ判る時が来る。闇の花は闇でしか憩えぬ、と」


闇の世界は私を逃してはくれない。どんなに光の世界に焦がれてもあの人の言葉が体中に絡みついて私を闇の世界へと引き戻してくる。


……でも、それでも。



「私は明るい世界を見た。知らなかった頃にはもう戻れない」

たとえ、夜叉白雪を使う事になっても。
私は光の世界で生きたいと願った。


「夜叉白雪、私の敵を倒して!」






夜叉白雪と金色夜叉がぶつかり合う。そして、それらの所有者である二人も互いに刃を交わせていた。


「見よ!この刃が其方の本性じゃ。邪魔者と見れば直ちに殺す。交渉も脅迫もない、まるで夜叉じゃ」

「違うッ!」


紅葉の言葉に否定をする鏡花は自分の居場所を守る為に必死だった。だが、彼女がその必死さ故に取る行動はやはり、刃を取ること。心の何処かでそれに気付きながらも、他に方法が分からない。だから、どうする事も出来ない。


「のう、鏡花や。其方の気持ち分からぬでもない。じゃが、無理なものは無理なのじゃ。其方がいかに光を希求しようと、その熱量に焼き殺されるだけじゃ。何故、わっちに分かるか?簡単じゃ、何故ならかつて……同じく光に焦がれ、焼かれて落ちた女が居った故」


紅葉は幼き頃のことを思い出し瞳を閉じた。今はもう顔すら思い出せない愛しき人を。光の世界へ連れて行ってくれると云ってくれた彼女の光だったのに。


「そうだとしても、一度見た夢を頭から消すことは……」


敦と過ごした時間。それは短い時間だが、眩しかった。けれど、楽しくて幸せで。ずっとこの時間が続けばいいと、この明るい世界に浸っていたいと……そう願ってしまう。望んでしまう。


拳を握りしめて俯く鏡花を紅葉は哀れみの目で見つめる。そして、一度視線を下に向けた紅葉は鏡花に「のう、鏡花」と優しく囁きかけた。


「私と其方は闇の世界にいながら光を求める事が出来た。それだけでも、十分に幸福な事なのじゃよ。其方は知らぬかもしれんが、あの子に比べたら……私達など」


鏡花は俯いていた顔を上げて紅葉を見た。だが、紅葉は鏡花を見ておらず悲しみに揺れる瞳を何処か遠くに向けている。その視線は誰かを見ているようだった。


「詳しい事は私も知らぬ。じゃがな、今よりもずっと、ずっと深い闇の中にいたあの子にとって其方の嫌うマフィアの世界でさえ……あの子には光に思えたのじゃ」



紅葉は目線を上げて空を見上げる。
何処までも澄み渡った青い空。
太陽が照らすその空はキラキラと眩しかった。




***


窓硝子から入ってくる陽光。
絵の具を広げたような青い晴天の空ををボーッと見つめながらルナは窓枠を肘おきに頬杖をついた。


『はーあ、……暇だなぁ』


長い溜息をつきながらポツリと呟いたルナの視線には鳥が自由に空を飛んでいる。その姿が今のルナを嘲笑っているようで、ルナは眉間に皺を寄せて鳥から視線を外した。


姐さんが鏡花ちゃんを連れ戻すために出て行ってからもう数時間。そろそろ戻ってきてもいい時間だが、その報せも連絡もない。あの姐さんが探偵社ごときに遅れを取るとは思えないけど……。


『鏡花ちゃん、駄々でも捏ねてるのかな?我儘云う子でもなかったんだけどなぁ。うーん、でもそう云うお年頃かもしれないし……』

「何ブツブツ独り言云ってンだよ」


腕を組みながら呟いていたルナの耳に入ってきた声。その声にバッと振り返り輝かんばかりの笑みを浮かべたルナは叫ぶ。


『中也!ねぇねぇ私、暇なの!トランプする!?』

「しねぇよ。仕事中だ」


トランプを持ちながら勢いよく近寄ってきたルナの頭を持っていた書類でバシッと叩いた中也。叩かれた事に頬を膨らませたルナだが、頭に乗った書類を手に取り顔を顰めた。


『これは?』

「姐さんの部隊の生存兵が書いた報告書だ。首領の処に行くぞ」


ルナの手から書類を抜き取り部屋を出て歩き出した中也。ルナはトランプをポケットにしまい中也を追いかけて隣に並ぶ。


『生存兵ってことは死人が出たの?』

「ああ。組合が襲撃してきたらしい」

『姐さんは?』

「俺たちよりその場に早く着いた探偵社の連中に連れ去られた」

『それはまた』


肩をすくめて苦笑するルナ。そんなルナに一度視線を寄越した中也だが辿り着いた扉を前に口を開くのをやめた。


見張りの男達が扉を開け、ルナと中也は部屋に入る。長机に並べられた幾多のスイーツに一瞬涎を垂らしそうになったルナだが、それは幼女の愛くるしさにデレデレと情けない顔を晒している首領の顔を見て引っ込んだ。そして、徐にポケットから携帯を取りだす。


「おい、何しようとしてンだ手前」

『変態がいるから通報を』

「やめろ莫迦」


本気でやろうとしているルナの手から携帯をふんだくった中也はこほん、と一つ咳払いしてから「首領」と森に声を掛け報告し始める。


「生存兵に依ると組合襲撃後、我々より僅かに早く現場に着いた探偵社が配下の異能者及び紅葉の姐さんを連れ帰ったとの事です。恐らくは捕虜として」

「姑息な連中だねぇ」

「如何しましょう。我々と雖も五大幹部の一翼を人質に取られては迂闊に手が」


中也が報告する間、隣で話を聞きながらルナは欠伸をする。


「よし!探偵社の社長を殺そう」


だが、ルナは森のその言葉に欠伸を飲み込んで視線を森へと移した。


「暗殺が善いな」

『はい!はいはーい!私の出番ですね首領!』


漸く任務が下されると瞳を輝かんばかりに光らせて手を上げるルナ。暇から抜け出されるルナは心底嬉しそうだ。


「いや、探偵社社長の暗殺には外部の殺し屋を使おう。そうすれば労力も掛からず、私達は対組合に傾注出来る」


ズコーッと転けたルナを冷めた目で見た中也だが、直ぐに森に向き直り「手配します」と頭を下げた。





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