第十一章 罪を以って裁きを制す





芥川、敦。


新たな双黒の力によって《死の家の鼠》の構成員に打ち勝つ事に成功。最優先捕縛目標であったウイルス異能者も捕獲できた。作戦が成功したのだ。しかし、頭目であるドストエフスキーの姿はアジトになく、必死に組織を、仲間を守る為に戦った彼等に突きつけられたのは敗北だった。






–––––––––––宙に漂う紅茶の香り。



「潮時ですね」


耳にから聞こえる洋楽にそう呟き、ドストエフスキーはゆっくりと立ち上がった。


今回の目的は威力偵察に近い。マフィアと探偵社を闘わせる作戦はほぼ彼の予想通りに事が運んだ。これなら、次手で焼却出来そうだとドストエフスキーは少し詰まらなさそうに溜息を吐き出し、一歩、二歩と進んで、徐に左に視線を遣った。


「やあ、善い喫茶処カフェだね」


まるで友人に挨拶するかのように、当然に太宰が其処に居た。ドストエフスキーは瞠目したまま固まる。そんな彼の疑問を見透かすように太宰は笑った。


「流石に驚いた顔だ。“何故此処が判ったのか”そう訊きたいのだろう?実際、極限下の一手だったよ。だが、かの魔人を欺くには並の手では足りないと判っていた」


太宰は笑みを絶やさないまま向かい側に手を向ける。


「これが、私の一手だ」

「久しいな、《鼠》」


新聞を手に金髪の男は微笑む。彼は嘗て探偵社とマフィアが戦争をした組合の長、フィッツジェラルド。


「…嗚呼、素晴らしい。“神の目アイズオブゴッド”ですね」


そして彼は今、街中の監視映像を統合する無謬の眼、“神の目”を所有している。《死の家の鼠》に掠め取られた組合の隠し資産を取り戻す事を条件にその力を借りた。これが太宰の一手だ。


「まあ、手放した金に興味はないが。《鼠》に盗まれたままでは小癪でな」


ドストエフスキーは太宰とフィッツジェラルドを空虚な瞳で見据えてから、一度ぐるりと辺りを見渡した。それに気付いた太宰が、口角を上げる。


「嗚呼、君が配置していた護衛なら来ないよ。もう倒したから。ねぇ、ルナ?」


何処から来たのか気配なく太宰の傍に立った影。それに視線を向けたドストエフスキーが苦笑気味に笑みを浮かべる。


「矢張り、あの怪物でも貴女を殺す事は出来ませんでしたか」

『……。』


ルナは無言のままドストエフスキーを睨みつける。本当は此処で殺してやりたかったが、太宰に止められている。それはこの魔人の身柄を引き取る組織はもう既に決まっているからだ。


「後は我々が引き受けましょう、太宰君」


それは、異能特務課。丸眼鏡をかけた男、坂口安吾が黒の特殊部隊を引き連れてやって来た。その一人が手錠を掛ける為、ドストエフスキーの手を掴もうと手を伸ばす。


「待て!其奴に触れるな!」


太宰が叫んだ時にはもう遅かった。装備の中から大量の血を吹き出しながら倒れた男。彼は絶命した。全ての銃口がドストエフスキーに向けられ、その場に更に緊張が走る。そんな中、坂口は「妙な動きがあれば、即射殺します」と冷静な声で云った。


「えぇ、行きましょう」


ドストエフスキーはスッと立ち上がり、無抵抗に特務課について行った。その背中を残った三人が見据える。


「探偵屋、奴の異能が判るか?」


フィッツジェラルドがした問いに太宰は数秒硬い表情で黙り込んだ後、一言、「いや…」と零した。




***



「それではまたな探偵屋、マフィアの小公女リトルプリンセス。孰れまた宣戦布告に行くから、準備しておけ」



その後、フィッツジェラルドは相変わらず陽気なテンションで去って行った。高笑いを響かす背中にルナはボソッと『…リトル?』と愚痴を零す。初対面なのに失礼な男だ。


その時突然、ルナの携帯が振動を立てた。連絡が来たらしい。相手は広津からで、内容は首領を無事に拠点まで護送したと云うもの。怪我はしているが、命に別状はない、とも。ルナはそれを無表情に読み、携帯を閉じた。そんなルナの様子を横目で見た太宰が呟く。


「一件落着と云いたい処だが、あの魔人の様子じゃあそうも云えないな…」


ルナはポツリと溢すように呟いた太宰を見上げる。太宰は何かを予感するように遠くを見据えていて、その表情は何処までも硬かった。



ルナは何も云わなかった。一度視線を地面に落とした後、徐に太宰に背を向けて歩き出す。


「もう行くのかい?協力してくれた御礼にお茶でも奢るよ?」

『いらない』

「なら、探偵社で君の怪我を治療してあげよう!ピカピカの新品になれるよ?」

『必要ない』


即答するルナに太宰は苦笑を零す。


「そんな怪我で、何処に行く心算だい?」

『……。』


歩いて行くルナの背中に太宰はそう問うた。ルナは答えず、足を止めることもしない。そんなルナに太宰は溜息を吐いた。そして、ルナの行先を見透かしたかのように云う。


「中也なら、無事に帰ってくるさ。まあ、脳筋だから時間は掛かるだろうけどね」


ルナは足を止める。ゆっくりと振り返り、太宰に視線を向ける。太宰の瞳は嘘を吐いているようには見えなかった。抑、ここで太宰が嘘を吐く必要もないだろう。


『…そう。無事ならよかった』


少しだけ口許を緩ませて呟いたルナは今度こそ振り返らずに去って行く。その背中を見送り、一人残った太宰は澄んだ青が広がった空をいつまでも眺めていた。





***




ルナが拠点に帰った時、直様駆け寄って来たのは意外にも樋口だった。瞳に涙を溜めながら樋口は「一刻も疾く手当をして下さい」とルナを治療室へと引っ張って行く。彼女も屹度心配してくれていたのだろう。



治療室に着けば、其処に森もいた。命に別状はないがあの探偵社の社長と一戦交えたのだ。無傷と云う訳にはいくまい。


「おかえり、ルナちゃん」


笑顔で森は云った。



もう逢う事はないだろう。正直、そんな考えがあの時過った。それ程までに今回首領の命に危険が迫った。いくら昏睡状態だったとは云え、首領専属護衛として重大な責任だ。



ルナは森の前に立つ。真剣な表情で。森もそんなルナの気配を感じ取り、ルナの瞳を真っ直ぐ見据える。



何を云うべきだろうか。何を伝えてくれるだろうか。森はルナの瞳を見てそう考えた。沈黙が続き、ルナが一度瞳を閉じる。そして、ゆっくりと唇が開く。



取り敢えず、云うべき事がルナにあったからだ。ずっと、云いたかった。もう一度逢ったら必ず伝えたかった。



『––––––首領』



森は何だかルナの次の言葉が待ち遠しく、自然と頬が緩んだ。



ルナは息を吸い、そして_____、




『幼女との買い物もいい加減にしろ』




吐き捨てるようにそう云った。


心なしか向けられる視線も冷たい。




「あ、あれぇ?そこは無事で良かった、とかではないのかね?」

『当然でしょ。抑、何で私がいない時に外に出るの?暗殺されるに決まってるじゃん。莫迦なの?それとも何?重傷の私に仕事を増やしたかったの?』

「ち、違うのだよ、ルナちゃん!君のお見舞いの品を買おうと思ったら、可愛い洋服が沢山あってね。つい買い物を楽しんでしまって」

『どうせ幼女の服が目的で、私の見舞い品はついででしょうが。もういっそいっぺん死んでまともな嗜好に生まれ変わっきて』




おろおろと手を動かしながら云い訳を述べる見苦しい首領を、仁王立ちで睨み下ろすルナの様は、その場にいた医療員達の目に何よりも恐ろしいものに映ったとか。






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