第十一章 罪を以って裁きを制す






「見舞いに花なんざ、ベタすぎるか?ルナ」


花束と花瓶を手に中也は問うた。持ってきた花瓶に水を注ぎ、そこに花を飾っていく。


「見舞い花にも色んなルールがあんだな。長持ちする方がいいと思って、鉢植えの奴買おうとしたら店員に止められてよ。花はよく判んねから、店員に勧められたもん買ってきた。どうだ?悪くねぇだろ」


花瓶に飾られた色取り取りの花達を見据え、中也は笑みを溢す。そして、ゆっくりと視線をルナに向けた。


静かに眠るルナの代わりにピッ、ピッ、と機械音が返事をする。


「あれから、2日か…」


《茨の怪物事件》と名付けられた数日前の事件。その事件は“大地の悪夢”と呼ばれる怪物に囚われた男がルナに救いを求めて起こした事件だ。何人かの犠牲者は出たが、結局は最初からルナだけが標的だったのだ。その事件で受けた傷の所為で、ルナは2日経った今でもこうして一度も目を覚さないでいる。


首領は云っていた。


生存に必要な重要臓器の再生が終わりつつあると。普通なら一度損傷した臓器は再生する事などあり得ないのだが、ルナの躰はそれを可能にする。恐らく、イヴによる人智を超えた力がルナの命を繋ぎ止めているのだ。



眠るルナの顔を見つめていれば、ポケットに入っている携帯が鳴った。中也はそれを取り出し、耳に当てる。部下からの連絡だった。今日も今日とて仕事は山積みだ。


ここ最近、妙な暗殺事件が街で起きている。異能者だけを狙う仮面の暗殺者。犯人は正体不明の異能力を使うと云う。


「また来るぜ、ルナ」


額に一つ口付けを落として、中也は治療室を後にした。





***



「首領、隠れ家は蛻の殻です」


電話越しから聞こえてくる広津の言葉に森は冷静な笑みを浮かべる。


「追い駆けっこは得意という訳か」

「ねぇ!リンタロウ!!お菓子屋さんまだ!?」


森とは対照的にエリスは声を荒げながら不機嫌顔で森に怒声を浴びせる。そんなエリスを締まりのない顔で見つめる森は「もう直ぐだよエリスちゃん。でも、その前にもう一軒だけ」と手に持っている袋を掲げる。その中には幼女の服がたんまりと入っていた。


「またお洋服屋さん?15軒目よ!早くルナにもお見舞いのお菓子を買ってってあげなきゃ!」

「勿論だよエリスちゃん。でも、腹に穴が空いた怪我人にお菓子はどうなのかなぁ?」

〈「……首領」〉


幼女との会話に盛り上がって忘れていた。まだ通話中だったと聴こえてきた端末に森は再度耳を当てる。


〈「例の“罠”は手筈通りに?」〉

「嗚呼。奴は直、次の殺しをする。そこを狙う」


早々に車に乗り込んだエリスを追いかけるように森は車の扉を開け、そこに乗り込んだ。


その瞬間、激しい光と音を立てて車が爆発した。


黒煙を上げて燃え上がる車。それを見下ろして、エリスは可愛い顔を歪めて眉を寄せた。右手には車の扉。左手には、森を持って。


「もう、さいあく」


彼女は森鴎外の異能力《ヰタ・セクスアリス》で造られた異能生命体。故に爆発した車から逃れる事も可能だ。エリスは礼を云う森に冷たい目を向けて、掴んでいた襟を乱暴に離す。森は尻もちをついて地面に落下した。


「もう本当にイヤだわ!怒ったりイヤがるのも、そうなるようにリンタロウが“セッテイ”してるんだもん!」


ぷんすか、と怒るエリスを横目に森は汚れてしまった白衣を叩きながら掛かってきた電話に応答する。電話の主は芥川だった。予め仕掛けていた罠に獲物が上手く引っかかったようだ。森はニヤリと笑みを浮かべる。


「強めに噛み付いてやりなさい」


電話を切った森は燃え上がる車を見て、そして辺りを見渡す。街中で突如車が爆発したからだろう。人がぞろぞろと集まっている。少し目立ち過ぎたか、と直ぐにその場を去ろうとした森の元に一人の警官が駆け寄ってきた。


「何の騒ぎですか!?車が爆発したと通報が…」

「いやぁ、お巡りさん、ご心配なく。うちの子が車の燃料タンクにオレンジジュースを混ぜただけです。車にも飲ませてあげたかったと…。ねぇ、エリスちゃん?」


そんな訳ねぇだろ、とエリスは森に冷めた目を送った。


「はあ、事故ですか。では、お怪我はないのですね?」

「えぇ。この通りぴんぴんしています」


普通の警官ならば心からその言葉に安心する事だろう。だが、彼は警官ではない。「それは困りましたねぇ」とぽつりと呟いたその男は手に持ったナイフで森の腹を刺した。目を瞠った森が警官の帽子を払う。


そこにいた男はフョードル・ドストエフスキー。


「エリスちゃん!!」


エリスを操って逃げる奴を追いかける。しかし、その姿は野次馬に紛れて消えて行った。


腹部からの出血。


傷口を押さえ森は冷や汗を垂らしながら苦笑を零した。恐らく奴は二重の暗殺を仕込んでいた。



「ふっ、ルナちゃんがいない今を狙ってきたのか…」



動かなくなる体。遠くから此方に慌てて駆け寄ってくる部下が見える。



「すまないねぇ、ルナちゃん。やられ、たよ」



此処にはいないルナに向けて森はそう呟いた。こんな事態になってしまった事を彼女が知ったら、怒るだろうか。幼女との買い物もいい加減にしろと冷めた視線を送くる姿が脳裏に浮かんで、暗闇の中に消えて行った。













–––––––––––ピクッ。



白い寝台に置かれた指が微かに動いた。




医療機器の音が一定に響く。




ゆっくりと、オッドアイの瞳が開かれた。






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